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21室のうち12室の天井に覗き穴があった

 モーテルは21室あり、そのうちの12室の天井に覗き穴が設けてあった。チェックインをすました客が部屋に向かうと、興味をそそられるカップルであればとくにあわててフースは天井裏にあがり、該当する部屋の上に駆けつけた。そして、薄暗がりのなかで下界を観察しながらメモをとり、しかるのち、それをべつな紙にきちんと記録した。

 その晩、タリーズはフースと天井にのぼって、覗きを堪能……そして翌朝、フースから『覗き魔の日記』と名付けられた分厚い紙の束を見せられた。それからまもなく、タリーズのもとに『日記』のコピーが順次、届くようになる。誓約書をかわしていたので『汝の隣人の妻』にそれが反映されることはなかったが、『汝』が刊行されたあともフースはなにかと連絡をとってきた。

 2013年、フースから、すべて公けにしてかまわない、との連絡がタリーズに来た。出訴期限法というものがあるから覗かれていた者たちが訴えてくることもないだろう、とフースは判断したのである。フースは80歳にちかづき、タリーズも80歳をこえていた。

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 本書は、その膨大な『覗き魔の日記』を引用しながら、アメリカの性革命の結果おこったグループセックスや異人種間セックスやレズビアンなどのさまざまな性のかたちを天井裏から見つめる趣向になっている。殺人事件まで目撃したと日記にはある。さらに、このモーテル経営者がなぜ「覗き魔」となったのかが、幼少期の叔母への憧憬とともに綴られる。フースとタリーズの30年以上に及ぶ交流も描かれる。

覗きの現場となったとされる〈モーテル〉。現在は売却され、更地になっている。

 雑誌「ニューヨーカー」(2016年4月11日号)に本書からの長い抜粋が掲載されると(わたしもそれで初めて読んだ)、ネタの奇怪さもなかなかだし、覗き魔の日記を整理したのが、もはやレジェンドにすらなっているタリーズだったから、たいへんな反響を呼び、スピルバーグがはやばやと映画化権を取得、監督もサム・メンデスに決まった。

 しかし、本が発売される直前、一騒動がもちあがった。6月30日、プルーフ版(事前にメディアに配る仮綴本)をチェックした「ワシントン・ポスト」が、「ゲイ・タリーズ 発売される自著を否定」と見出しの打たれた記事を掲載したのである。

 フースの日記の信憑性が問われていた。モーテルは1980年にフースからアール・バラードという他人の手に売却されていて、それは不動産登記が証明しているというのだ。フースは1988年にふたたび購入してはいる。しかし、1980年から88年まではひとの手にわたっていた。それなのに、その時期もフースは覗きの記録を書いている。自分が経営しているならともかく、他人の手にわたったモーテルで覗きをつづけることなんて可能だったのか。