「私は上海の復旦大学ミス研の最初期メンバーのひとりなのですが、ミステリ小説の世界に興味を持つきっかけは、中高時代にはまった日本のアニメの世界からでした。日本のアニメにはミステリ要素が結構ありますよね。最近の中国では『氷菓』(米澤穂信の推理小説が原作のアニメ)が人気で、映画『君の名は。』のヒットもあって、中国から岐阜の高山に聖地巡礼する人も多いんですよ(笑)」
と本書邦訳版を最近上梓した陸秋槎(りくしゅうさ)さんは語る。舞台は紀元前の前漢時代、首都長安の豪族の娘、於陵葵(おりょうき)が、かつて楚国の祭祀を司っていた旧家を訪れて連続殺人に巻き込まれる――。二度にわたり著者から読者への挑戦状がはさまれるなど、「華文本格推理の傑作」の帯に偽りなき作品だ。主人公の於陵葵は頭脳明晰、漢詩や歴史地理に通じ、しかも巫女。彼女とワトソン役の少女、観露申(かんろしん)との愛憎入り交じる交流も本書の読みどころとなっている。
「巫女さんといえば、日本のサブカルチャーにつきものの存在ですよね。少女同士の友情というテーマも、日本ではよく見られますが、実は中国の小説にはあまりありません。古代モノというと中国では戦争や宮中での権力争いといったテーマがメジャーです。
日本の古代中国研究者の白川静さんは、現代中国の私達からすると、発想が自由で、日本の神道の影響もあると思いますが、巫術(ふじゅつ)に結びつけて考える言及がとても多いのが興味深い。たしかに前漢時代までは中国にも巫女はたくさんいて、宮中行事などで重要な役割を担っていました。彼の本を読んで、自分も色々と発想が湧いてきて、学術論文にはできないけれど、小説に活用できないかなと思っていました。だから本書は、執筆していた学生時代の自分が好きだったものを全部放り込んだ、『私の青春の一冊』的な作品でもあります」
本書の執筆の後、妻の留学についてくるかたちで一緒に来日した陸さんは、金沢の地で長編推理小説を二作執筆してきた。いずれも古代中国ではなく、現代を舞台にした学園ミステリ。来年も学園モノの短編集が中国で刊行予定だという。
「実は中国の私の読者には、学園モノの方が人気です。本書の続編のプロットもトリックも考えてはあるのですが、本書よりもっと問題作になってしまいそう。この作品がもうすこし中国でも売れてくれると、次回作を書く勇気も出るのですが(笑)」
『元年春之祭』
かつて国の祭祀を担い、現在は隠れるように暮らす旧楚国の観一族。その一族の春の祭儀の準備中に、当主の妹が殺された。実は4年前には前当主の一家が惨殺されており、未解決のままだった。長安から訪れていた若い客人・於陵葵がその謎に挑む。中国前漢時代を舞台に繰り広げられる推理合戦。(稲村文吾訳)