昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

なぜ黒ではなく、白ブリーフだったのか?

――オフとはいえ、ツイッターでふざけたものと、真面目なものが入り混じっていたのはどうしてなんですか。

岡口 昔、法曹ポータルサイトを作ってやっていたんです。そこに来れば法律のことはなんでもわかるぐらいのサイトです。その一方でツイッターは、いわばしっかりしたHPを持っている企業が「ゆるキャラ」アカウントを作った気分で始めました。ところがサイトが閉じちゃったこともあって、ツイッターが主な発信源になって、真面目な情報もここで発信することになった。そんな経緯があります。

 

――「ゆるキャラ」的な発信源だったとはいえ、なんでまた白ブリーフだったんでしょうか。

岡口 自分をできる限り落としたかったんです。裁判官だからって安全地帯に立って上から目線でものを言っているわけではありませんよ、と意思表示をしたかったことが大きいです。あと、カオスな雰囲気にしたかった。フェイスブックはもっとちゃんとしているでしょう。シャツぐらいは着ているような。ツイッターはもっとカオスができるところなので。

――なぜ黒ブリーフではなく、白だったんでしょうか。

岡口 黒はハリウッドザコシショウが穿いていますから。私はハリウッドザコシショウにインスパイアされて、白を穿いたんです。ツイッターアカウントの背景画像を白ブリーフにしたことで、ネット上では新たな支持も得られましたが、逆に私をまともな人間とは扱わない人もでてきました。そのことが今回の分限裁判において私を支持するかしないかにもつながっています。白ブリーフは、いわばリトマス試験紙になりましたね。とても面白い人間観察ができました。

――お話を聞けば聞くほど、異色の裁判官だと思います。後半ではなぜ岡口さんという人が裁判官になったのか、その辺をお伺いさせてください。

岡口 ええ、どうぞ。

#2につづく)

写真=平松市聖/文藝春秋

おかぐち・きいち/1966年大分県生まれ。東大法学部卒。94年、浦和地方裁判所判事補任官から裁判官としてのキャリアをスタート。福岡地裁判事などを経て2015年東京高等裁判所判事。現在、東京高裁第22民事部に在籍。

この記事の写真(9枚)

+全表示