老いたらアジア旅

下川 裕治 旅行作家
ライフ 国際 読書

 東南アジアに向かうことは多い。旅行作家として、アジアを中心にした旅を綴ってきたが、僕はアジアの諸都市のガイドブックの編集にもかかわっている。作家と編集者という二足の草鞋を履く生活をつづけてきた。

 アジアの旅の基点はタイのバンコクである。この街は東南アジアのへそのような位置にある。ベトナム、カンボジア、ミャンマー、バングラデシュといった僕のフィールドは遠くない。飛行機に乗れば2時間ほどで着く。

 そんな旅を30年以上もつづけるうちに僕は70歳になった。いまでも同じように飛行機に乗り、街を歩いているが、最近、しばしば呟く言葉がある。

「旅が楽になった……」

 実感するのだ。アジアに慣れているから、と思う人は多いかもしれない。しかしアジアは基本的に景気がよく、新陳代謝が激しい。都市では新しい電車路線が開通し、店に入るとタッチパネルでの注文に変わっていたりする。ときに戸惑いもするが、以前に比べれば足どりに余裕が生まれてきた気がする。

 バンコクのスワンナプーム空港に着く。僕はそこから市内に向かうエアポートレイルリンクという電車に乗る。すると座っているタイ人がすっくと立ち、席を譲ってくれる。

「マイペンライ(大丈夫です)」

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source : 文藝春秋 2025年7月号

genre : ライフ 国際 読書