きっかけは、大学1年生の夏休みに旅した北京だった。
当時、中国の歴史学を志していた私は、紫禁城や頤和園といった憧れの史跡を巡り歩き、夢に見た光景に胸を躍らせていた。その合間に何気なく入った街角の食堂で口にしたのが、運命の水餃子だ。艶やかな皮の弾力、香味野菜の鮮烈な香り、あふれる肉汁。雷に打たれたような衝撃を受けた。
さらに目を引いたのは、日本では見かけたことのない、未知の料理がずらりと並ぶ品書きだ。気がつけば、私は歴史よりも料理を追いかけていた。
「もっと食べたい。もっと知りたい」
その思いに突き動かされ、学生時代は幾度となく中国を旅し、やがて北京に留学、仕事でも迷うことなく中国畑を選んだ。若気の至りとはいえ、その熱量には自分でも呆れてしまう。ただ、それほどの磁力が、本場の中華料理にはあったのだ。
その後、北京、上海、広州と移り住み、通算で10年以上を中国で暮らすことになった。願ってもない中華料理三昧の日々を送るうちに、「中華料理」という言葉がいかに幅広く、いかに多様なものを指し示しているかを知った。そして、気に入った料理について調べるたびに、その一皿が生まれた背景には、その土地ならではの風土や文化が深く関わっていることを実感させられた。そう、料理は歴史そのものなのだ。
なかでも心を奪われたのは、各地の農村や街角の小さな食堂で出合った家庭料理だ。身近な食材を使ってさっと仕上げた料理は、見た目こそ地味だが、いくら食べても後味が軽く、どこかホッとする穏やかな味わいだった――「これも中華料理なのか」。目から鱗が落ちる思いだった。
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