忘れもしません。1997年9月、私はブドウの収穫真最中の蔵に、ワイドパンツにTシャツという恰好で登場。
「おい、そこの観光客。すぐに動きやすい服装に着替えてきなさい」と、ワイナリーの当主に厳しく言われ、周りのスタッフが目を丸くするなか、恥ずかしい思いをしたことを鮮明に覚えています。

30歳の誕生日を日本で迎えた後に、ワイン好きが高じて向かった先はフランスの銘醸ワインで有名なブルゴーニュ地方。当時は現在の印象とは異なり、正にフランスの片田舎。なかでも私が暮らすことになるサヴィニ・レ・ボーヌ村はソムリエ仲間から「えっ、『サビれたね・ボーヌ』で暮らすの? 大丈夫?」と心配されたほどでした。
厳しい口調で私を迎え入れた男性は、その後、私の伴侶となるパトリック・ビーズ。彼はシモン・ビーズという1880年から続く老舗ワイナリーの4代目でした。ワイン造りを学ぶため、遠くアジアから女性が来るという噂が村中に広がって、当時45歳の独身貴族だった彼の恋人ではないかと、周囲はずいぶん興味津々だったようです。
しばらくして子どもを2人授かり、ワイナリーの経営も順調でした。これから夫婦で楽しむ時間を取ろうという矢先、2013年10月に夫は運転中に心臓発作を起こし、あっという間に一人であの世へ旅立ってしまいました。「この先どうしよう」なんて考えている余裕はありませんでした。子どもたちの心のケアと、当主を失ったワイナリーを私が5代目として舵取りせねばなりません。

子どもたちは頑張ってくれました。当時15歳になったばかりの長男はワインの専門高校に転校し、卒業後は海外でも経験を積み、私の跡を継ぎました。13歳だった長女は暫く心を閉ざしてしまいましたが、建築の道を志し、あともう一歩で一人前の建築家です。初仕事としてワイナリーの全面改装をお願いしました。
ワイナリーはというと、当初は私が女性であり地元の人間ではない、そして単なる嫁であるという壁が重なり順風満帆というわけにはいきませんでした。従来と異なることをしようとすると、その壁の厚さは増し、突き破ることが難しい。
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