疫病に足止めされ、不安と不満が募り続ける今、30年以上パリに住む写真家がフランス全土を旅した。
ここには変わらない日々がある
ヨーロッパで撮影を続けながら、なぜかずっとロマネスクの教会に心惹かれていた。
教会は約2000年もの歴史を持ち様々な建築技術で造られてきたが、古いロマネスク様式は巨大なゴシックのような威圧感もなく、バロックのような華美な装飾もない。しかも都会でなく人里離れた場所に多い。世界がコロナに翻弄されるなか、時間のある今こそと撮影に出た。2020年から2年がかりで東部のブルゴーニュからプロヴァンスへ、北西はノルマンディーから南下してロワールへ。距離は計4500キロに及んだ。
訪れた44の教会はどこも僕を優しく迎え入れてくれた。ロワール川のそばにある教会を訪れたときのこと。村には人気がなく、昼とは思えない静けさだった。10段ほど階段を上って教会に入る。すると突然、見下ろすように祭壇が現れた。広く白い石の空間に音一つしない。まるで舞台のように光が注ぎ込まれるだけ。思わず足がすくんだ。
キリスト教が根差すこちらでは、どこにでも教会がある。20代の頃、パリを中心に1日10をくだらない数を見て回った。するとどうだろう。入った途端、全身が反応する。眼ではなく、皮膚や身体のすべてで視るような感覚。そのときと全く同じだった。
ロマネスクの教会は宗教が権威を持つ以前の、純粋に信仰のためだけのもの。時を経ても存在は変わらず、ただそこに在るだけで美しい。撮るならアングルや照明など余計な企みを持たず、真正面から主祭壇へレンズを向ける。それだけで十分だった。
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source : 文藝春秋 2022年3月号