歌人、小説家、実業家であり温泉ソムリエの資格も持つ小佐野彈氏は、温泉の泉質について「単純温泉は薄いと思われているが、実は温泉の中で一番、多様で幅広く、深い」という。列島各地に湧き、古来、この国で広く親しまれてきた単純温泉の湯力を小佐野氏が伝える。
現代人を癒やす“単純ではない”単純温泉(文=小佐野彈)
温泉法が定める「療養泉」の条件はざっくり言って2つだ。
1つ目は、湧出時の泉温が摂氏25度を超えていること。2つ目は、特定の成分が規定量以上入っていること。2つの条件のうちどちらかを満たせば「療養泉」を名乗ることができる。温泉水1キログラムあたりの非ガス性溶存物質の量が1000ミリグラムを超えている場合、たとえ泉温が25度未満であっても「塩化物泉」や「硫酸塩泉」など塩類泉としての泉質名がつく。
一方、溶存物質の量は規定に足りないが、泉温が25度を超えている温泉――すなわち「温度」という単一の条件のみを満たした療養泉が「単純温泉」と呼ばれる。
こうした性質のせいか、単純温泉は「薄い」「ただの水」と誤解されがちだ。かつては僕も「濃い温泉」を求めていた。しかし「単純温泉こそ多様性の宝庫だ!」と気付いた今、単純温泉のとりこである。湯あたりしづらく、長湯にも最適。飲泉できる湯処も多い。
1キロあたりの成分量がわずかに1000ミリグラムには届かない「ギリギリ単純温泉」や、硫黄臭と塩味を帯びた単純温泉、80度を超える超高温泉から、30度台の「ぬる湯」に至るまで、「温度」以外にシバリがない単純温泉の世界はあまりに奥深い。
かつて単純温泉は泉質固有の適応症を持たなかったが、研究が進んだことで「うつ状態」や「不眠症」が固有の適応症になった。ストレス社会を生きる現代人に最適な温泉こそ単純温泉だ。
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source : 文藝春秋 2023年4月号