古来、日本の文人は旅の途上に温泉を愉しみ、湯宿で和みつつ、創作にも取り組んできた。歌人で小説家、温泉ソムリエの資格を持つ小佐野彈氏も、執筆のために温泉を訪れるという。今回は小佐野氏が説く「創作と温泉」との関わりを指針として、文豪ゆかりの湯郷を訪ねる。
創作と温泉——。奥山や海辺の名湯で神来の時を過ごす(文・小佐野彈)
日本文学を語る上で、切っても切り離せないのが「温泉」である。『万葉集』や『枕草子』など日本の古典文学には、道後や有馬などさまざまな古湯の名が登場する。
明治に入り交通網が発達すると、多くの文豪が旅に出かけ、全国の湯処に逗留するようになる。漱石の『坊っちゃん』や志賀直哉の『城の崎にて』、川端の『伊豆の踊子』など、温泉地を舞台にした名作も多く生まれた。
小諸時代の島崎藤村が、千曲川沿いの風土風俗を丹念に写生した『千曲川のスケッチ』は、藤村の創作の中心が詩作から散文へと移行してゆく上でのメルクマールとして知られるが、作中における温泉の描写はかなり印象的だ。鹿沢温泉や中棚温泉の出湯が、『破戒』や『夜明け前』などその後の大作のインスピレーションを藤村に与えたのではないか、と邪推してしまう。
与謝野晶子もまた、温泉をこよなく愛した文人のひとりだ。生涯で訪れた出湯は百を超えると言われている。一箇所に長期逗留するのが主流だった往時には珍しく、晶子は現代の「秘湯巡り」に通ずるようなスタイルを好んだ。再訪する場合も、前回とは違う宿を選んだらしい。晶子の温泉詠には、若かりし頃の自身の色香を懐かしむ歌や、老いを嘆く歌が目立つ。自慢の「やは肌」の衰えにどうにか抗おうと、究極の美人湯を求め彷徨していたのかもしれない。
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source : 文藝春秋 2023年2月号