松井とは運命の出会い

香坂 英典 元巨人軍広報
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長嶋茂雄の監督一期目の最終年となる1980年に中央大学から投手として入団した香坂英典氏(67)は、引退後も球団職員として巨人に在籍。1992年、広報担当として長嶋監督二期目に立ち会うことになった。

 電撃的な監督復帰でマスコミは大騒ぎ。前年までの春キャンプの報道陣は100~200人だったのに、その年は1000人とケタ違いでした。現場の広報は僕一人なので、電話は鳴りっぱなし。1年間休みなしで、本当に、死ぬかと思いました。だけど、今思えば、あの場にいられて良かった、二度と見られないものを見た、と思うんです。僕の人生の最大の思い出ですよ。

現場の広報として長嶋監督を支えた香坂英典氏 Ⓒ文藝春秋

 初めて長嶋さんに会ったのは大学1年生の時。神宮球場で東都大学リーグの試合があった日で、ナイターで巨人戦もありました。学生服を着て同級生とロッカーを見張る当番をしていたら、トイレから背番号90の長嶋監督が出てきたんです。物凄く体が大きくキラキラしてて、心臓が止まりそうになりました。「君たち、どこの学生だ?」と声をかけられて相棒は放心状態(笑)。僕が「中央大学です」と答えると、「おー、そうか」と。何か言わなきゃ、と思った僕はとっさに「長嶋さん、頑張って下さい」と言ったんですが90番の背中越し。返事はなかったけれど、一生の思い出ができたとロッカー室で走り回りました。

 僕のプロ1年目、多摩川グラウンドでの練習前に、後ろから急に「調子はどうだ?」と長嶋監督から声をかけられました。当時、パームボールを覚えるように言われていたのですが、「僕としてはフォークボールを投げたいんですけど」と正直な気持ちを口にしたら、もういなかった(笑)。長嶋さんは何か声をかけずに素通りできない人なんです。

 広報担当になってからは、新幹線のホームなどでファンが興奮のあまり監督に押し寄せて危険な状況になることを心配していました。それが長嶋監督の場合、「皆さん、どこから来たの?」と、自分から声をかける。そういう場面を随分見ました。憧れの人が寄ってくると、ファンの方が一歩引いてしまって、そうこうしているうちに、監督は新幹線に乗り込んで「じゃあね」。

 何百人も集まった立食パーティでのこと。帰り際、ラグビーのFWか相撲取りかというほど恰幅のいい若者を見かけて、監督が「いい体してるね」と声をかけたんです。続けて監督は「(スポーツは)何やってるの?」と言って、彼に抱きついたんです。すると、若者も組み合って相撲をとる形になりました。周りは驚きつつも大喜び。僕が呆気に取られていたら、監督はパッと離れて彼と握手して「いいね!」と。近くの非常口からスッと出て行きました。

 監督は非常口の場所を把握していたんです。みんなの前を通り過ぎて去るのではなく、皆を楽しませてから退出した。これならサインをもらえなかった人も、大満足でしょう。監督はそういう人でした。

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source : 文藝春秋 2025年8月号

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