先送りは長期停滞を招きかねない
2021年夏をピークに中国の不動産市場の低迷が続いている。20年に中国政府が不動産向けの銀行融資などへの規制を強化し、それをきっかけに不動産バブルが一気に弾けたためである。この状況は、政府の不動産向け銀行融資の総量規制をきっかけに始まった日本の1990年代のバブル崩壊に類似していると言われる。中国の不動産バブル崩壊のメカニズムは日本のそれと大筋で同じだ、というのが筆者の主張である。以下では、過去30年間の日本の経済政策を振り返った拙著『日本の経済政策――「失われた30年」をいかに克服するか』(中公新書)にもとづき、日中の不動産不況を比較したい。実は現在、この書籍の中国語版の出版企画が進んでいる。そのこと自体、日本のバブル崩壊と中国の現状の類似性が中国でも強く意識されていることを示す一つの証左かもしれない。
ただ子細に見ると、中国と日本では同じ不動産バブルの崩壊といってもいろいろと異なっている点もある。まず、政府が発表する統計では中国の不動産価格の下落幅が小さい。中国の不動産の販売面積はピーク時の6割程度にまで減っているが、全国70都市平均新築住宅価格は1割しか下がっていない。
日本のバブル崩壊では、1991年をピークに不動産価格が下がり始め、2年で2割〜3割も下がった。その後、日本の地価は20年間下落が続き、ピークの半値にまで落ち込んだ。日本の全国住宅地平均価格は、2020年代になっても1991年の半分程度にとどまっている。実感としては中国の不動産不況もこれに勝るとも劣らない厳しさのようだが、統計上、中国の不動産価格があまり大きく下落していないのは不思議である。
中国の現状は「偽りの夜明け」
また、株価の動きも違う。日本のバブル崩壊では株価も大きく暴落したが、中国の株価はほとんど下がっていない。これはバブル崩壊の傷が浅いと見ることもできるが、今後さらに、地価も株価も長く深く下落するリスクがあると解釈することもできる。不動産価格が3年以上も下がり続けているため、値上がり益を期待する投機的な買い手は、買い控えの傾向を強めている。中国不動産市場で「値下がり→買い控え→さらなる値下がり」という典型的なバブル崩壊のスパイラルが続いているので、それがこれからさらに加速する懸念はあるだろう。今のところ北京や上海の不動産価格は、高値のまま下げ止まっているが、これで不動産不況が終わると思っている関係者は少ないという。現地の日本人専門家いわく、これは「偽りの夜明け」なのだ。

中国の銀行システムの自己資本は分厚く、いまのところ安泰であることも日本との違いだ。不動産デベロッパー向け融資がすべて回収不能になるシナリオでストレステストをしても、銀行の自己資本比率は十分に健全なレベルを保つことが分かっている。しかし安心はできない。日本の銀行の経営も、バブル崩壊直後の1991年から1993年ごろまでは、表面上はそれほど悪化していなかったのだ。当時、日本人の大半は、「株価も不動産価格も、数か月後には回復し、再び上昇を始めるだろう」と考え、消費も旺盛に増え続けた。1992年の段階では、日本の不良債権額は約8兆円(日本のGDPの約1.6%)といわれたが、銀行は多くの含み益(保有資産の時価が簿価〔取得価格〕よりも高い場合、差額を含み益という)を保有していたため財務の健全性はまったく揺るがないと思われていた。しかし、その後、資産価格のさらなる下落によって含み益は消失し、1997年には大規模な銀行危機が起きたのである。2005年までの累計で、損失処理された日本の不良債権の総額は約100兆円(2005年のGDPの約20%)に達した。
中国と日本の類似点
また、中国の銀行システムが健全だとしても、別の経路で、不良債権が経済を悪化させるメカニズムが働く可能性はある。日本の銀行の役割を、現在の中国では不動産デベロッパーが担っているからだ。日本では銀行を通じて不良債権問題が広がったが、中国では不動産デベロッパーが不良債権問題の中核かもしれない。バブル期の日本では銀行が預金者から資金を集めて不動産融資をしていたが、中国の不動産デベロッパーは銀行借入に頼るよりも、多数の顧客から直接に予約販売前受け金を受け取って、その資金で新たな不動産開発を行ってきた。不動産が売れなくなると、日本では銀行が危機に陥り、預金者や他の貸出先企業が不安と疑心暗鬼に陥って経済が萎縮した。一方、いまの中国では、不動産デベロッパーが危機に陥って、予約購入した顧客(個人など)や、建設資材を不動産デベロッパーに掛け売りしていた仕入れ業者が直接に被害を受けている。顧客や仕入れ業者の危機が、サプライチェーンを通じて経済全体に不安を広げ、中国経済を萎縮させている。不動産不況が経済全体を悪化させるプロセスは、銀行と不動産デベロッパーを入れ替えれば日本と中国でほぼ同じであるように思われる。
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