生きるとは、ケアされ、ケアすること
“一人ぼっちになったアリはすみっこぐらしをして早死する”という80年前にフランスで書かれた論文を生命工学者である著者は追試験する。さらに最先端の遺伝子解析を用いた実験へとつなげて、次のことをつきとめる。人間の肝臓に当たり免疫にもかかわる「脂肪体」における酸化ストレスが早死を起こすと。

私たちが日常的に目にするクロオオアリは、10年以上の寿命を持つ1匹の女王アリと1年しか生きない多数のすべてメスからなる労働アリで社会をつくる。オスは生殖の一時期だけに出現する付属的な存在のようだ。ところが、メスのぼっちアリの寿命は労働アリの10分の1だという。
労働アリは生殖能力はないが(生殖能力の有無の区別がある生物の社会性を真社会性と呼ぶ)、8割の内勤アリ!と2割の外勤アリ!という分業がある。若いときは内勤で、歳をとると外勤に移行するという。外からエサを見つけて運んだ外勤アリは、十分食べた後、エサを口移しで内勤アリに分け与え、最後に女王アリにも食べさせる。幼虫は食べさせてもらわないと餓死する。知らなかったことばかりだが、人間と同じようにお互いがケアし合うことでしかアリは生き延びることができない。そして社会性には年齢という要素も大きく関わる。しかも内勤アリと外勤アリでは、体表の組成や脂肪体の大きさといった身体のあり方自体が異なるそうだ。
食べたエサを仲間(正確には同じ女王から生まれた「姉妹」)に分け与えることができないまま壁際にたたずむ一人ぼっちのアリは、消化ができずに弱っていく。ここにも遺伝子レベルの精妙なメカニズムが働くことを著者は突き止める。なんと、アリはケアしてもらわないと生きていけないだけでなく、肉親をケアすることができないと死んでしまうのだ!

見た目からしてあまりにも異なる昆虫のアリと人間をアナロジーで考えてよいものかどうかはわからない。著者も「社会性昆虫の生殖分業という社会ルールからみても、労働アリが社会のなかで暮らすこと、社会と離れることのもつ意味は、私たちヒトの孤立とは生物学的にまったく異なる意味をもつ」と書く。
とはいえ、分業する社会というものを形成することの不思議さ、そして分業社会が生じた生物が否応なく“ケアされる/ケアする”という補い合いのなかで生きることの不思議さは、人間のケアの本質に問いを突きつけるのにも十分だ。
「『今』と『未来』を見通す科学本」は村上靖彦、橳島次郎、松田素子、佐倉統の4氏が交代で執筆します。
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