「関係性」も「命」である
地球に溢れる生き物たちの声、あるいは音。その多様化を促し指揮棒を振ってきたものの正体に驚いた。それはなんと、自らは声を出さない緑の生き物――植物なのだと言う。もっと正確に言うなら花だ。花こそが生物界の音をまさに花開かせただなんて、驚かずにはいられない。
風や水など物理的な音だけだった地球上で初めて音を出したと確認されているのはペルム紀に生きていたコオロギの遠戚にあたる昆虫だ。その翅の化石の分析から、自ら音を奏でたと推測されている。花の化石が出始めるのはその後の白亜紀になってから。もし花や果実をつける被子植物が現れず、シダや針葉樹だけだったら、「世界の音は種類も乏しく、音域も狭いままだったろう」と著者は言う。花の進化を追いかけるように生物は多様化し、必然的に声や音も多様化したのだ。
この本で私がなにより心つかまれたのは、その視点――物事を、点ではなく線や関係性で見るということだった。生命はひとつふたつと数えるものではなく「生きているもの同士の関係性もまた命だ」という著者の言葉に深く頷く。

私たち自身もそうだ。ヒトにある3つの耳小骨は、哺乳類以前、魚時代の鰓や爬虫類の下顎の骨と関係がある。喉頭を最初に持ったのはハイギョの仲間だ。地上に進出した魚は両生類となり、喉頭と共に声帯を持った。やがて哺乳類となった私たちは、乳を吸うことのできる喉をつくり、舌骨を変化させた。その変化がヒトの発語を可能にしている。その変遷を想って目をつむれば、自分の体内に流れる太古の歴史にうっとりしてしまう。
ヒトは楽器を使っても音を奏でるが、例えばそれが木製ならば、木材の細胞には、それが生きていた時代の環境の記憶が蓄えられている。ということは、その音色は「人間の芸術を通して蘇る、森や野の声だ」という指摘にもハッとした。

言うまでもなく音は水中にも溢れている。代表的なものはクジラの声。深海サウンドチャネルという領域を使って、彼らは何千キロという距離の交信をする。しかしいま、それは危機的状況だ。なぜか? 大きな原因は人間の出す機械音である。便利さや営利を追求する人間の行動によって、何億年もかけてこの星に満ち溢れてきた豊かで多様な「騒がしさ」が、阻害され、消えかかっているのだ。レイチェル・カーソンの『沈黙の春』を想う。あの時とは理由は違うが、この警告に謙虚に耳傾けなければ、私たちはいったい何を失うことになるのだろう……。
「『今』と『未来』を見通す科学本」は村上靖彦、橳島次郎、松田素子、佐倉統の4氏が交代で執筆します。
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