生き物をおいてきぼりにしない
科学は今、人間をおいてきぼりにし始めているのではないだろうか。そんな思いにとらわれた。そしてこわくなった。生き物としての人間の側から、科学というものの正体を、もう一度冷静に見極めないと、いつか大変なことになるのではないか……。この本を読んでからの私は、買い物をする時、台所に立つ時、そんなことをずっと考えるようになった。
私たちは食べることで生きている。言い換えれば、「自分の身体は、自分が食べたものでできている」というわけだ。この本に書いてあるのは、今私たちが食べているものの話なのだが、それはつまるところ、「土」の話なのだった。

著者はかつて『土と内臓 微生物がつくる世界』という著書で、土壌微生物と人体に棲む微生物とのつながりを明らかにして大きな話題となった。それぞれ地質学者と生物学者である彼らは一貫して土の話を書く。なぜなら多くの食べ物は、土のある場所からやってくるからだ。
土とは何か……。農薬には誰しも敏感だが、化学肥料をはじめ、人間が「良かれ」と思って土壌に施してきた様々な物までが、土壌の本来の健康を削ぐものだったとは! 「耕す」という行為さえもがそうだったなんて、驚いた。
生命40億年の歴史が明らかになるにつれて、あらゆる物事が繋がっていることが分かってきた。ならばもうそろそろ、その時その場限りの対処法や、目先の利益や効率に絡めとられるのをやめられないものだろうか。繋がりの力を知り、未来を見据えて、生き物としての道を探す──そんな時代に入ったのだと思いたい。
もちろん、今の地球人口を養う食料問題を考えたら、理想論だけではいかないことは分かっているつもりだ。しかしだからこそ今、生き物をおいてきぼりにしない科学的知見と科学技術が必要なのだと強く思う。それを踏まえて、もう一冊『人類はどこで間違えたのか 土とヒトの生命誌』(中村桂子/著 中公新書ラクレ)もお薦めしておきたい。人間とは何か、どう生きるのかが、根本的な視点から明確に書いてある。
ここで、アフガニスタンで井戸を掘り用水路を造る活動を続けた中村哲医師のことを思い出した。安全な飲み水を確保し農地に供給する活動を、中村氏は「医療行為の延長だ」と語っていた。
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