渡辺正峰『意識の脳科学 「デジタル不老不死」の扉を開く』

第10回

佐倉 統 東京大学大学院情報学環教授

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意識という主観的現象を科学する

 今でこそ科学と哲学は別の領域だが、もともとは同じ、自然や人間の成り立ちを解明する学問だった。アリストテレスもカントもデカルトも、今なら自然科学としか言いようのない著作を残している。そして今でも、科学の最前線では哲学者と科学者が同じテーマをめぐって議論を交わす領域がある。昨今とくにホットなのは人工知能と、この本が扱っている意識だ。本書は、意識に関する科学と哲学の両方の最前線を手っ取り早く知るには、とても良い。

渡辺正峰『意識の脳科学 「デジタル不老不死」の扉を開く』(講談社現代新書)1320円(税込)

 だが、最適の一冊かと言うと、残念ながらそうではない。著者独自の見解や展望や野望(!)がたくさん出てきて、ついていくのがちょっと大変なのだ。さらに、著者の個人的なエピソードが頻繁に登場し、それらが科学的な説明をうまくサポートしてくれていればいいのだが、喩え話が空回りしているようなところも散見される。著者の熱量が勇み足になっている感じ。

 しかしこれらの欠点は、そのまま本書の魅力にもなっていて、そこから類書にない独特のオーラが発せられている。科学者、それも最前線でぶっ飛んだ思考を展開しているマッドサイエンティスト(最大限の誉め言葉です!)の「頭の中」をのぞいてみたい方には、超オススメだ。そういう向きは、最初から最後までをじっくり読み進める必要はない。パラパラと、興味のもてそうなところを拾い読みすれば、著者の熱気を十分肌で感じることができる。

 内容の骨子は、人間の意識を機械にアップロードする具体的な方法の提案と、それに必要な諸概念の整理、およびそれによってわかるであろう意識とは何かについての著者独自の見解だ。

 著者の個人的エピソードが頻出するのは、テーマが意識であることとおそらく関係がある。意識という主観的現象を研究するには、客観的現象だけを扱える従来の自然科学の方法では不十分で、新たな科学的方法論が必要だ、と著者は繰り返し主張している。つまり、主観的・個人的な体験を語ることも、意識の科学では重要な学問的方法論の一部なのかもしれない。著者が個人的エピソードや、ときには寒いギャグを繰り出してくるのは、こういった意識研究の特性が頭の片隅にあったからではないかと思うのだ。

 本書はこのように、文体も内容も、意識研究の新たな語り方に果敢に挑戦した産物である。その昂ぶる意気と果敢な挑戦を、讚えたい。

「『今』と『未来』を見通す科学本」は村上靖彦、橳島次郎、松田素子、佐倉統の4氏が交代で執筆します。

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source : 文藝春秋 2024年11月号

genre : エンタメ サイエンス 読書