職業野球草創期の伝説の名投手、沢村栄治(さわむらえいじ)(1917―1944)。1934(昭和9)年、18歳で全日本チームに選ばれ、ベーブ・ルースら大リーグ選手を相手に一失点の快投を演じ、翌年、大日本東京野球倶楽部(のちの巨人軍)に入団。快速球と大きく落ちるドロップを武器に活躍するも、3度目の召集に応じ、昭和19年12月、台湾沖で戦死した。「猛牛」と呼ばれた名二塁手、千葉茂(ちばしげる)さん(1919―2002)は、巨人の3年後輩で、ともにプレーした。
昭和12年の11月、松山商業の生徒だった僕は、列車と船を乗り継いで、甲子園球場に出かけた。そのころは職業野球といわれていたプロ野球の東西対抗を見るためだった。
僕は次の年の春から巨人軍に入団することが決まっていた。決まってはいたが、ひたすら甲子園の優勝を目指して野球をしてきた僕は、職業野球なんか見たことがない。関心もなかった。それならまず試合を見ろ、というわけで、いってみれば入社前の新人研修のような感じで出かけていったのだ。
なかば馬鹿にして見に行った試合だったが、マウンドに立つ投手の球を見て驚いた。その投手は僕がそれまで見てきた投手の倍は速い球を投げ込んでいた。
「職業野球はすごい」
僕は素直に感激した。その投手こそ僕が入団することになっていた巨人軍のエース、沢村さんだった。エキジビションマッチだったが、そのころ日本では最強の打者といわれたタイガースの景浦将さんからは3つの三振を奪っている。景浦さんには手を抜かなかったのだろう。
孤高の人に見えた
翌年、巨人に入って、沢村さんとプレーできると思ったら、沢村さんはいなかった。軍隊に入ってしまったからだ。僕が沢村さんと同じグラウンドに立つのは昭和15年になってから。復帰した沢村さんは、マラリアや手榴弾投げの影響で、往年のスピードはなくなっていた。
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source : 文藝春秋 2000年1月号

