戦死した天才投手、沢村栄治(1917~1944)。一人娘が、沢村の評伝を書いた作家の太田俊明氏に父について語った。
父と母が結婚したのは、父が最初の出征から帰った昭和16年です。母は愛媛で事業を幅広く手がけていた会社の創業家に生まれたので、職業野球の選手との結婚には反対もあったそうです。母によると、父はバッテリーを組んでいた内堀保さんや、同じ時期に巨人軍へ入団したスタルヒンさんと仲が良く、母も「スタさん」と呼んでいました。
お酒はほとんど飲みませんでしたが、青田昇さんなど若手を引き連れてご馳走するのが好きで、それにお洒落で服のセンスもよかったとか。母はその話をしながら、「その食事や服のお金はどこから出ていると思っていたのかしら」と笑っていました。父は結婚後も巨人からの給料のほとんどを実家へ送金していて、家計は主に母の実家からの援助に頼っていたようです。
新婚生活は父に2度目の赤紙がきて、5ヶ月で終わりました。1年あまりで除隊して巨人へ復帰しましたが、戦争で肩を壊して以前のようには投げられず、解雇されてしまいました。父は他のチームに移籍するか迷ったようですが、慕っていた三原脩さんに「巨人軍の沢村として終わるべき」と助言されて、野球をやめる決心をしたそうです。母は、チーム誕生からずっと貢献してきた父を書類1枚で解雇した巨人軍を、生涯よく思っていませんでした。
沢村栄治
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source : 文藝春秋 2022年1月号