大勲位の遺言 

東京裁判、歴史認識、集団的自衛権、憲法改正……今、日本人に言い残しておきたいこと

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日本人としての誇りや責任をどう考えるか

 まもなく70年目の終戦の日を迎える。70年前の8月15日、私は海軍主計大尉として香川県高松で玉音放送を聞いた。電波の状況が悪く、雑音も多い中でラジオから聞こえてくる陛下の御声から、戦争が終わったことは分かった。張りつめた感情の糸が切れたように悲痛とも安堵とも分からぬ感情が込み上げてきて滂沱の涙があふれ、ジリジリと焼けつく校庭で激しく鳴いている蝉の声だけが耳に迫っていたのを今でも鮮明に記憶している。

 昭和20年の秋に復員して内務省に復職し、廃墟の東京で茫然と立ち尽くし、この国を立て直していけるのだろうか、国民生活は本当に回復できるのだろうか、と思ったあの日からすれば、誠に隔世の感がある。それから70年、一面の焼け野原だった東京の町は、高層ビルで埋め尽くされ、夜になると、澄んだ夜空に一面の街灯りが広がっている。光で埋め尽くされた東京の夜景は、敗戦、復興を経て、今日の発展を成し遂げた日本の、この70年の何よりの証でもある。

 思えば、戦後日本の復興を遂行してきたのは、戦前・戦中に戦場や内地で青春を過ごした私と同世代の人々であり、日本の文化や伝統を尊重しつつ自由民主の国民的共同体のもとに新しい日本を建設しようと熱情を持って敢然と立ち上がり、国の行く末を懸命に議論しては実行していった人々である。かつて私が従事した帝国海軍は解体されて無くなってしまったが、海軍の「短現」(短期現役主計科士官=戦時における士官の不足を補うため、旧制大学出身者等を海軍が2年間に限って採用した士官制度)出身者の多くも戦後各界のリーダーとなって、我が国の発展を支えた。私が首相時代に大胆な行財政改革を成し得たのも、戦火に散っていった仲間や犠牲となった同胞への鎮魂の思いを胸にこの国の発展の礎にならんとした海軍時代の仲間達が各省庁や経済界の幹部として支えてくれたからであった。

 戦争を経験した世代の多くは鬼籍の人となり、今や戦争を知らない戦後生まれの世代が各界のリーダーとなっている。終戦直後の食うや食わずの生活からすれば、この70年で日本人は欧米先進国と同じような生活水準を享受できるようになった。自由や民主といった概念、平和主義も国民に受け入れられ、確実に日本社会に定着した。この戦後70年の日本の歩みを歴史的にどう評価すべきなのか。確かに世界に冠たる豊かさを享受するまでに国は発展したが、はたしてその果実ともいうべき国民の心の豊かさを表す精神文化はどうか、国際社会に生きる日本人としての誇りや責任はどうなのか。この節目の機会に改めて考えてみる必要はあるだろう。

 また、この70年を歴史の通過点と考えれば、我々は過去―現在―未来という歴史の連続性において日本の将来をどう捉え、国民、国家の在り方と世界との関係をどう考えるべきなのか、その進むべき進路とともに日本の姿を思い描いてゆかなければならない。過去をどう考えるかによって、導き出される今も未来も自ずと違ったものとなり得るし、当然、我々世代の解釈や認識の違いによっては国際社会の中で摩擦を生むこともある。戦後、国際社会の一員として平和と協調の道を歩み発展してきた日本のこれからの在り方が問われよう。

中曽根康弘氏

あの戦争を振り返る

 戦後70年となる本年(編集部注:2015年)、政権を巻き込んでの歴史認識問題が囂(かまびす)しいが、そうした問題も踏まえ、先の戦争をどう捉えるべきなのか。

 先の世紀を歴史的に振り返れば、20世紀は「戦争と平和」、「不況と安定」の狭間に揺れ動く中で、「非戦」と「自由貿易」の潮流に向って世界が大きく動きつつあった時代と言えよう。国際法的にも20世紀には戦争の非合法化が進み、実態面でも過去の世紀に比べて暴力に訴える争いが確実に減少しているという。

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source : 文藝春秋 2015年9月号

genre : ニュース 政治 昭和史