サイバー戦争が日々、秒単位で、それも光の速さで、グローバルに熾烈に行なわれている。
それは、サイバー戦争と呼ばれるが、どの国もそれを国際法が定める戦争と位置づけることには慎重である。2014年に北朝鮮が米国ソニーをサイバー攻撃した際、ジョン・マケイン上院議員(共和党、アリゾナ州=当時)はそれを“新たな戦争の形”であると非難したが、オバマ大統領は「サイバー・ヴァンダリズム(野蛮主義)」との表現にとどめた。
国家に対するサイバー攻撃は、戦争でも平和でもない、その中間の曖昧な領域を生み出している。戦争と平和を0と1のバイナリーのように捉える安全保障観ではサイバー空間を捉えることはできない。サイバー国際政治理論家のルーカス・ケローはこうした状況を“非平和(unpeace)”と名づけている。
そもそもサイバー空間では、防衛と攻撃の境界も明確に線引きできない。自らのサイバー空間を守るのに、相手のサイバー空間のネットワークにインプラントを埋め込み、いざとなればいつでも攻撃できる「前方防衛」の態勢を各国とも取り始めている。2013年、フィリップ・ハモンド英国防相は「攻撃能力を含む軍事サイバー能力を全面的に開発している」と明かした。2016年、アシュトン・カーター米国防長官は「米軍は、シリアとイラクのISILの軍事勢力に対するサイバー爆弾を発射している」と述べた。米国はサイバー攻撃にサイバー防衛の4倍以上の人員を投入しているといわれる。
サイバー空間では相手の攻撃を抑止するのは難しい。米ソは、1945年から1991年の間に、双方合わせて1745の核実験を地下あるいは大気圏で行なった。互いにそれらを探知し、検証し、確認し、いわば「見える化」し、双方の抑止力を何とか維持した。しかし、核の抑止理論はサイバー兵器には適用しにくい。サイバーの能力は見えない。軍事パレードでそれを誇示することはない。敵は多岐にわたり数も多く、直ちには特定できない。対応する時間の余裕もない。つまり、戦略的縦深性がない。そこで「前方防衛」によるサイバー攻撃を即時自動化できる態勢を構築するNSA(米国家安全保障局)はモンスター・マインドという名のそうしたシステムを開発しているといわれる。
こうしたサイバー空間の攻撃陣地化は、まだ始まったばかりである。これからは、AI、ブロックチェーン、顔認証、ドローン、電気自動車、ロボットがIoTでつながり、そこでの情報・データがビッグデータ化され、デジタル・クリティカル・インフラが形成されて行く。それとともに各国の間でこのサイバー空間を軍事化し、勢力圏とする覇権闘争が展開されるだろう。
マンハッタン計画で核開発を行なった科学者たちは、原爆の人間と人間社会に及ぼす生物学的、社会的、国際システム的な影響をほとんど予想できなかった。同じように30年後、デジタル・トランスフォーメーションが人間と社会と国際システムにどのような影響を与えるのか誰も見通せない。確実に言えることは、この技術革新と社会実装に伴うイノベーションは半永久的に続くということである。
有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。
記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!
初回登録は初月300円
月額プラン
1ヶ月更新
1,200円/月
初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。
年額プラン
10,800円一括払い・1年更新
900円/月
1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き
有料会員になると…
日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!
- 最新記事が発売前に読める
- 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
- 編集長による記事解説ニュースレターを配信
- 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
- 電子版オリジナル記事が読める
source : 文藝春秋 2019年5月号