志村喬 最も日本人らしい日本人——を演じた名優

千秋 実 俳優

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戦前は時代劇の脇役だった俳優の志村喬(しむらたかし)(1905-1982)は戦後、黒澤明監督の「生きる」「七人の侍」「酔いどれ天使」などに出演し、演技力を高く評価された。多くの黒澤映画で共演した俳優の千秋実(ちあきみのる)氏(1917-1999)が思い出を語った。

 今年の正月、久しぶりに黒澤映画「七人の侍」を見た。僕も7人の一人だが、志村さんは7人の総帥だ。始めのほうに、百姓たちが町に出て侍を探し回るくだりがある。野伏せり(野武士)の集団がまた村を襲う季節が近い。米の飯を腹一パイ食わせるという条件で腹のへった浪人を雇って野武士をやっつけて貰おうというわけだ。漸(ようや)く一人見付けた頼もしい侍、志村さん扮する勘兵衛と、木賃宿でやりとりがある。百姓は頼み、侍は渋る。「出来ぬ相談だな」と。野武士40騎を相手に侍の1人や2人ではどうにもならない。勘兵衛自身を入れて7人頼むに足る侍が集れば何とか出来そうだが、めしを食わせるというだけで良い侍があと6人も集められるか? 容易でない。「それにワシも戦(いくさ)にはあきた、年だでなァ」と、やんわり断る様子。と、同宿の人足がわきから口を出してわめく。百姓たちのことを、「自分達はヒエを食って、侍たちには白い飯を食わそうとしている」と。そのあと米の飯の盛られためし椀を見つめながらの志村さんの演技が最高だ。

「よし分かった……もうわめくな」と人足を押さえ、めし椀を手に「このめし、おろそかには食わんぞ」

 この一言がジーンとくる。目頭が熱くなる。百姓たちのために生命がけで戦ってやろうという決心が全身から伝わってくる。ハッキリ引受けたとも云わないのに、めしを見る目と一言のせりふで……。最も日本人らしい表現かもしれない。志村さん自身、このシーン、このせりふが好きだと何回か云っている。批評家には余りとり上げられなかったが……とも。

志村喬 ©文藝春秋

 この一言から不安ムードが一転期待に変わり、七人の侍の物語が快調にダイナミックに面白く進んで行く。早坂文雄さんの素晴らしい音楽に乗って。なぜ志村さんの演技でジーンとくるか、もう一つ云わせてほしい。

 ここがポイント、というところでは、役者はつい気張って演(や)りすぎるものだ。歌舞伎なら見得を切る。志村さんは「このせりふ好きだった」といっているのに、演りすぎなかった。演り足りないのでもない。ピッタリだった。だからこそ人を打つのだ。いま流行(はやり)の自然体とはちょっと違うと思う。演技をしているように見えない演技、これは僕も理想としてきた。技巧ではない、気持だ。この姿勢を志村さんはつらぬいた。

 志村さんの主役で大当りした「生きる」。主人公が胃ガンで半年の生命と宣告されてからの生きかたの話だった。志村さんは撮影中「オレは胃ガンだ、あと半年のいのちだ」と朝から晩まで思っていたので実際胃がおかしくなり、とうとう本当に胃ガンになったかと思ったという。幸い神経性胃炎だったそうだ。

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source : 文藝春秋 1995年8月号

genre : エンタメ 映画