黒澤 明 飾っていた二人のサイン

加藤 隆之 孫・K&K Bros.代表
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昭和26(1951)年に『羅生門』でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞するなど、海外でも評価された黒澤明(1910〜1998)。孫の加藤隆之氏が、家族しか知らない巨匠の素顔を明かす。

 孫の私が生まれた昭和52(1977)年、祖父は67歳でした。黒澤明の映画の為にみんなが同じ方向を向いているような家でした。

 撮影の日の朝は成城の自宅に黒澤組のスタッフが来て、コーヒーを何回も出したり、色々な話を振ったりして、祖父の出発の時間を遅らせていたのを覚えています。スタッフにしてみれば監督が来る前の準備の時間が長ければ長いほど嬉しい。でも祖父は早く現場に行きたくて、何度も「まだか?」と言っていました。現場って楽しい場所なんだろうな、と思ったものです。

黒澤明 ©文藝春秋

 京都の旅館で脚本執筆中の祖父のもとに、衣装デザイナーとして黒澤作品を支えた母・和子と駆けつけたこともありました。「お前たちが来てくれるのは嬉しいけど、帰ってくれるのも嬉しい」と言っていましたね。祖父は寂しがり屋でしたので、嬉しかったのは本心でしょうが、仕事場に長々と居られるのは、煩わしい部分があったのでしょう(笑)。誕生日パーティの時、身長182センチ、体重も90キロ近い祖父が動物の被り物をしていたこともあります。家族の前では、世間のイメージとは違う姿も見せていました。

 太平洋戦争を経験した祖父が、凄惨な体験を私たちに語ることはありませんでした。ただ、戦争を忌み嫌い、「二度と起こしてはならない」と口を酸っぱくして言っていた。『一番美しく』や『わが青春に悔なし』など、戦争を扱った作品もありますが、祖父が「人を殺してドラマを創るのは一番つまらない」と言っていたことを思い出します。人が死ねば、周囲の人々の感情が動き、ドラマを展開しやすくなる。もちろん、『七人の侍』や『用心棒』など時代劇では、人が死ぬシーンを描いてはいます。しかし、安易に短絡的な発想で人の死を扱ってはいけないと、強く思っていたのでしょう。

 物事の本質を、瞬間的に見抜くことに長けた人だったと思います。私は祖父に勧められ乗馬をしていたのですが、ある時、障害馬術の試合をテレビで観ていたら「近距離から馬にジャンプさせた方が良い障害と、遠くからジャンプさせた方が良い障害があるな」と言いだしたことがありました。実際にそういうことが障害馬術ではあるのですが、やったこともないスポーツなのに、なぜ分かるんだろうと……おじいちゃんって、こういう物の見方をする人なんだと思ったのを覚えています。

 数々の著名な方々と交流はあったと思いますが、自宅に飾っていたサインは二人だけです。一人は『駅馬車』や『荒野の決闘』で知られるジョン・フォード監督。祖父の映画にも大きな影響を与えた方です。もう一人はタイガー・ウッズです。祖父はゴルフ好きでも知られ、自宅の庭で練習をしていました。

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source : 文藝春秋 2024年8月号

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