派手さはないけれど、しみじみと心に残る7本
好きな映画と言われても、出演作がたくさんあるものですから(笑)。成瀬巳喜男監督、今井正監督、小津安二郎監督、溝口健二監督、それに黒澤明監督。巨匠といわれる監督さんたちと、ずいぶんお仕事をさせていただきました。けれど「いい映画」と「好きな映画」とは、やっぱりちょっと違うんですね。
巨匠とのお仕事は不安と緊張の連続です。共演者もベテランの俳優さんばかり。たくさんのファンが「次はどんな作品だろう」と楽しみにしてらっしゃるところへ、私が出たことで作品を壊してしまっては大変です。とにかく自分の責任を果たさなきゃと、その一心で撮影現場に入りました。ですから、その緊張感と恐怖感が、忘れられないんです。
そういった作品を観ると、どうしてもいろんなことを思い出してしまいます。もう死んでしまいたいくらい苦しかったなあとか、求められたものが出せなかったとか、ああ、無理してるなあとか、そんなことばかり考えてしまうんです。映画の中のことなのに、その役の考えや行動に納得がいかなかったことも脳裏によみがえって、「どうして?」ってつい、イライラしちゃう(笑)。だから、なかなか冷静に観られないんです。
映画は、なるべくスクリーンで観たいので、DVDではあまり観てこなかったんです。最近は少し時間もできましたし、映画館も少なくなったものですから、自宅でテーブルの上に小さなDVDプレイヤーを置いて、好きな映画だけを時々見返すようになりました。でも、若い頃から「好きな映画」ってあまり変わらないんですよね。
今回、お話しさせていただくのは、自分がのびのびと素直に演じられたという実感があって、派手さはないけど、振り返ると、しみじみした気持ちが心によみがえる映画ばかりです。
『おかあさん』で自覚が芽生えた
いちばん最初に挙げたいのは、成瀬巳喜男監督の『おかあさん』(1952年6月公開)。まだ戦争の傷痕の残る下町の、小さなクリーニング屋さんが舞台です。田中絹代さんが一家を支えるおかあさん役で、私は長女の年子(としこ)役。長男が亡くなったり、お父さんが亡くなったり、妹を養子に出さなきゃならなかったり。考えるとすごくつらいことが多いんですけれど、決して暗くない。フランスでも高く評価されたのは、どこかフランス映画と共通するものがあるからでしょうか。
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source : 文藝春秋 2023年8月号