♪ドシラドシラドシラソラシドシラ……、作曲家の伊福部昭(1914〜2006)は昭和29(1954)年、一度聞いたら忘れられない『ゴジラ』の映画音楽を創造した。インタビューを重ね、その評伝を書いた片山杜秀氏が、なぜ伊福部はゴジラと深く共鳴したのかを探る。
昭和29年11月、映画『ゴジラ』は封切られた。観客動員数は960万と記録されている。当時の日本の人口は約9000万。1割以上の国民が映画館に足を運んだ計算になる。歴史的大ヒットだった。
音楽を担当したのは伊福部昭。その年、不惑。既に映画音楽界の大家であった。黒澤明、成瀬巳喜男、吉村公三郎、新藤兼人、市川崑ら、多くの監督と仕事をしていた。が、『ゴジラ』は特別である。生身の役者で済む映画ではない。何しろ「水爆大怪獣映画」だ。着ぐるみの怪獣がミニチュアの東京を壊す。円谷英二の特殊撮影が幾ら凝っていても、所詮は作り物の絵空事だ。そこにリアリティを与えうるのは音響であり音楽なのだ。音楽で心理的な下駄を履かせてこそ虚構に生気が吹き込まれる。映画音楽が目いっぱいの働きを期待されるのは、結局、特撮物とアニメである。そして昭和29年の伊福部は『ゴジラ』でその種の期待に最大限に応えた。世界の映画音楽史上でも傑出した仕事をした。以後、ゴジラと言えば伊福部ということになっていった。
なぜ、伊福部とゴジラはかくも相乗したのか。順を追おう。伊福部は大正三(1914)年、北海道の釧路で生まれた。警察官僚の父の転勤に伴い、道内を転々として育った。昭和1桁の時期はずっと札幌。旧制札幌二中から北海道帝国大学農学部に進んだ。音楽はあくまで趣味。中学時代からヴァイオリンに熱中し、大学では学生オーケストラのコンサート・マスターを務めた。作曲も始めた。全くの独学である。頼りはアマチュア演奏家としての実地経験と輸入楽譜とSPレコードだ。楽譜にこう書けばこのくらいに鳴るのではないか。巨大なオーケストラ曲を手探りで仕上げていった。理系ならではの合理的類推能力のなせる業でもある。そうやって大学卒業の年、昭和10年に完成したのが『日本狂詩曲』。土俗的エネルギーの爆発する音楽である。いきなり世界的評価を得た。初演はボストン。ウィーンでも演奏された。室内管弦楽曲の『土俗的三連画』はパリのうるさがたの批評家たちさえも驚嘆させた。まだ20代の伊福部はこの国を代表する作曲家のひとりになった。
芸術ならまだ勝負できる
でも彼はあくまで「日曜作曲家」のままでいた。北大で林学を修めた学歴にふさわしく、道庁の林業の技官等を本職とした。そんな伊福部が戦争末期、戦時科学研究員として駆り出された。軍はイギリスのモスキート爆撃機を真似てレーダーにかかりにくい木製飛行機を作るのに熱心だった。伊福部は飛行機の材料となりうる強化木材の開発に携わった。木の内部の状態を調べるにはX線検査が不可欠だ。伊福部は放射線防護の不十分な環境で作業をやり続けた。そのうち敗戦。茫然自失。そうしたら喉から血が出てきた。被曝の影響ではないか。実は伊福部の兄は夜光塗料の研究者で、ラジウムを取り扱い、放射線障害ともみられる症状で亡くなっていた。自分も兄と同じ運命を辿るのか。が、1年間、床に臥せって回復。そのとき思った。
戦争は科学技術で負けた。自分は過度に被曝するような貧しい環境でもがいていたのに、米国は原爆をたちまち完成させて落としてきた。しかし芸術ならまだ勝負できるのではないか。伊福部は米国の根無し草的性格を嫌った。風土に根ざし、長い時間の熟成を伴わねば、本物の芸術は育たない。日本人がまだやれる余地があろう。伊福部は戦後、音楽専業で生き直そうと思った。北海道の風土の中で培ってきた、執拗な繰り返し、低音重視の響き、重いテンポにこだわっての大地を踏みしめるような音楽作りに、もっと徹しようと思った。東京に移った。『シンフォニア・タプカーラ』や『リトミカ・オスティナータ』などの傑作を作った。東京音楽学校(現・東京藝術大学音楽学部)で教え、芥川也寸志や黛敏郎を育てた。映画音楽も始めた。そしてゴジラと出会った。
圧倒的に巨大で大地を踏みしめる存在が脆弱で根無し草的な近代文明を破壊し尽くす。近代の科学技術の極限である水爆を受けながら死ぬどころかかえって強くなる。伊福部の共感をこれ以上に誘うものが他にあろうか。かくて被爆大怪獣と被曝大作曲家という稀にみる熾烈かつ不滅のコンビが誕生した。
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