細川護熙 政権を「放り投げた」真意

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元首相で五摂家筆頭の近衞家当主、近衞文麿の二女温子(よしこ)と、旧熊本藩主家の当主で文麿の秘書官を務めた細川護貞(ほそかわもりさだ)との間には、2人の息子がいた。兄の護熙(もりひろ)(1938―)は細川家を継ぎ、朝日新聞、参議院議員、熊本県知事を経て首相となった。弟の忠煇(ただひろ)は近衞家を継いで、日本赤十字社に入社。社長を務めている。

 

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 祖父も父もよく、「お前のほうが政治家に向いている」と言っていました。あまり誉められた話ではありませんがね。兄は少年時代から、なんでものめりこんで、そこそこに上達するとすぐに飽きて放り出す性格なんです。父はずいぶん心配していたし、注意したこともありますが、「そんなことはわかってる」という調子でしたね。

 少年時代の兄が荒れていたのは、おふくろを早く亡くし頼れる人がいなかったせいかもしれません。私には母の記憶はありませんが、兄はいまも写真を飾っているほどです。新しいおふくろに盾つくことも多かった。満たされないものを追求するため、比叡山の僧房にこもったり、建長寺で座禅を組んだり日本アルプスを踏破したりしていました。夏休み、従兄弟たちと軽井沢の別荘でわいわいとやっていると、ひとりで山から降りてきた兄が泥まみれで入って来る。殺気すら感じました。

 やがて兄は、朝日新聞を経て参院議員になりました。私のほうは漠然と国際的な活動をしたいと思っていました。自殺した祖父のこと、戦争と平和というテーマが常に頭にありました。大学卒業後に2年ほどロンドンに留学し、帰国の途中旧共産圏、キプロスや中東の紛争地帯などを3ヶ月近くかけて巡ったこともあります。中学時代に岩波写真文庫で赤十字の存在意義に感銘を受けていたこともあり、帰国後、日本赤十字社に入社しました。

細川護熙氏 ©文藝春秋

 政治に興味がなくはなかったし、後に出馬を打診されたこともありますが、大臣になる程度の野望は持ち合わせていない(笑)。兄は近衞文麿の孫であることをアピールしていたけれど、負のイメージが強いのだから、言わなくてもいいのにと思っていました。

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source : 文藝春秋 2009年8月号

genre : ニュース 政治