佐橋滋 異色官僚は終戦の日に結婚を申し込んだ

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相手が政治家、大臣であろうと直言を辞さず、強力な行動力で高度成長期の通産省を牽引した「異色官僚」、佐橋滋(さはししげる)(1913―1993)は、終戦直後にまり乃夫人と結婚する。家庭では1男2女をもうけ、事務次官を退官後は天下りを固辞するなど異色ぶりを発揮した。また、その家庭での姿を含めて城山三郎氏の小説『官僚たちの夏』のモデルとして描かれている。陽介(ようすけ)氏は長男。

 両親の結婚は、父の友人の間では「略奪結婚」と言われていました。佐橋滋という官僚像が型破りに描かれる延長上で、さもありなんと語られたところもあるかもしれません。当人も、話をおもしろくするためかあえて否定はしていませんでした。

 略奪結婚というのは、終戦になって、これから米軍が進駐してくるというので、父はその日のうちに急遽プロポーズレターを母に送り、それから一カ月で、電光石火で式を挙げたことを言うようです。当時、父は名古屋に赴任しており、母の返事を聞く前に、名古屋―東京間の入手困難だった往復切符を2枚用意、式を挙げるやいなや母を連れ帰った。戦後の混乱期とはいえ、何とも強引な、しかし一面では父らしい行動でした。

 両親が知り合ったのは、戦時下の東京、当時の軍需省鉄鋼局の職場でした。父は製鉄課勤務、母は学徒動員でたまたま同じ課に配属され1年ほどそばにいたようです。

佐橋滋 ©文藝春秋

 母は銀座の開業医の娘で、久里浜に別荘がある家庭で育ち、女子学習院卒です。父方の実家は、岐阜県可児(かに)市の造り酒屋ですが、生まれ育った頃の祖父の家業は無一文から始めた土岐(とき)駅前の写真屋で、貧乏な時代が長かったと聞きます。小学校時代は靴を履いたことがなく、水で濡らして木槌でたたいた藁草履だったとのこと。その後、「これからの写真屋は中学ぐらい卒業しなければ」と祖父に言われて東海中学に進学しました。

天下りは固辞

 母によると終戦直後の8月、父から恋文が届いたといいます。ちなみに父は、照れくさいのかこのレターの存在自体を否定していましたが……。

 結婚当時、父は32歳ですが、何歳までに結婚するとかおよそ人生設計を考えていたとは到底思えません。父の残した文章には、敗戦でやることがなくなった、何もすることがないので結婚でもするかと思ったとありますが、意外と本当かもしれません。

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source : 文藝春秋 1998年2月号

genre : ニュース 政治 昭和史