島尾敏雄(しまおとしお)(1917―1986)は、特攻隊長として赴いた奄美大島でミホと出会う。作家となった敏雄の不倫がもとで妻は精神に異常をきたし、その凄絶な家庭を描いた『死の棘』は高く評価された。長男で写真家の島尾伸三(しんぞう)氏の眼にうつる両親とは――。
「伸三は将来、どうしたいんだ」と父に尋ねられた時に、
「シマで暮らしたい」と答えた小学生の私に向かって、
「お前は欲が無いんだなあ」と、やや安心したような顔で言っていたものです。あるいは、一人息子である私に、奄美大島で農業や漁業に就き、安寧な人生を送って欲しいと願った時期もあったのかも知れません。その直後に、子どもを発奮させようと考えたのか、大航海時代や偉人伝の本を買ってくれました。

彼が商業や金融業を敬遠していることを薄々知っていたので、そんな本の中に、ミカンや材木で大儲けしたという紀伊国屋文左衛門を見つけると、そのような人物になりたいと嫌がらせを言ってみたりしたものです。
だから、大学受験に失敗した20歳前の息子が、家を出ないでフラフラしていることを心配はしても、気持ちの奥く深い所では、喜んでいてくれたのかも知れません。
どうして、あれほどまでに私は勉強嫌いだったのでしょうか。授業時間に騒いでばかりで、高校を1年余分に通っても、大学入試にしくじったし、その翌年もどこを受験しても合格は出来ませんでした。予備校へ行くでもなく、奄美大島の自宅でゴロゴロしていました。受験浪人というなんとも居場所のない宙ぶらりんな状態は、居心地が悪いばかりで、精神衛生上極めて不健康な毎日で、次第に奄美大島から外の世界へ出ていくことに消極的になっていました。高校3年の時にはフェニックス(アメリカ)の美術大学へ願書を出しても、母の反対を克服することが出来ない腑抜けでした。他人を信用できなくなっていた母にとって私は戦友のような存在だったので、支えが遠くへ消えてしまうようで、さびしかったのでしょう。父はそれを傍観しながら、尋ねるようにこう言いました。
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source : 文藝春秋 2007年2月号

