昭和の大宰相吉田茂(よしだしげる)(1878―1967)とその長男で「英国の文学」「金沢」等の批評、小説で知られる吉田健一(けんいち)(1912―1977)。政治家と文士という全く異質の世界に生きた父子の交歓は、独特のものだった。健一の長女で翻訳家の吉田暁子(あきこ)氏が綴(つづ)る。
『交遊録』で父は、生涯に親しくつきあった方々について、その一人一人に一章を当てて書いている。第一章は父の母方の祖父、牧野伸顕(のぶあき)である。父は牧野の家で生れ、そのまま確か6歳まで、そこで育てられた。何故子供達の中でただ一人牧野家に預けられていたのかは、はっきり聞いたことがなく、母から聞いたのかも知れないが私の推測として書くと、父が生れて4ヶ月ほどで祖父は満州の安東県に赴任したから、父は大切な跡継ぎでもあり、何かと不便の予想される地にそういう幼い子を連れていくのは心配だということになり、そのあとは、牧野のおじいさん、おばあさんの方で父に情が移り、ついつい手元に置いていたのではないだろうか。『交遊録』の最終章が父の父、吉田茂についてである。『交遊録』では親しくした人について親しくなった順に書かれていて、父にとって祖父は最後に親しくなった人間なのだ。
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source : 文藝春秋 2007年2月号

