三島由紀夫という存在

巻頭随筆

川本 直 小説家・文芸評論家
エンタメ 読書

 昨年9月、執筆に10年を要した初めての小説『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』を河出書房新社から上梓した。2011年にこの小説の登場人物ともなったアメリカの作家ゴア・ヴィダルへのインタビューで物書きを始めて以来、文芸批評とノンフィクションの双方で執筆してきたが、賞とは無縁の人生を送ってきたので、小説家としてのデビュー作で読売文学賞、鮭児文学賞、みんなのつぶやき文学賞を受賞し、ありがたく思うと同時に驚いてもいる。

『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』は20世紀アメリカとヨーロッパの同性愛文学史を背景に、ヴィダルをはじめとしてトルーマン・カポーティやテネシー・ウィリアムズ、ジャン・コクトー、ウィリアム・バロウズといった実在の作家たちが登場するが、この主題は日本人にとってもそれほど馴染みのないものではない。同時代に呼応する作品を発表していた三島由紀夫がいるからだ。小説を書くうえで三島をどう批評的に継承するかは重要な課題だったが、著者校正を終え、『仮面の告白』を久々に手に取ったところ、苦笑いしてしまった。私が自作で言及したオスカー・ワイルドやマルセル・プルースト、古代ローマの男色や、果ては女装や男装まで、三島は1949年に出版された『仮面の告白』でとっくに取り上げている。三島はパリでコクトーと会い、カポーティやウィリアムズとも交友があった。私は12歳の時に三島を読んで、このヨーロッパとアメリカの同性愛文学を知って読み耽るようになったが、それ以来長きにわたって三島の作品からは離れてしまっていた。

 しかし、ヴィダルとの会見中、思わぬ形で三島に引き戻されることになった。三島と同じ1925年生まれのヴィダルは「三島の死」(未邦訳)というエッセイを書いており、三島は『不道徳教育講座』のなかで当時邦訳がなかったヴィダルの同性愛小説『都市と柱』(1948年。『仮面の告白』の1年前に出版)を原書で読み、賞賛している。そのことをヴィダルに話すと「知っている。三島から手紙が来た。会いに行くところだったよ」という意外な答えが返ってきた。ヴィダルから聞いた話と「三島の死」の記述を統合して考えると、1970年、ヴィダルは三島に会うために日本へ向かう旅の途上、インドで三島の自決の報を知って東京に急行し、関係者への聞き込みを行って「三島の死」を書いたようだ。

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source : 文藝春秋 2022年5月号

genre : エンタメ 読書