アリーナ・チャン、マット・リドレー『コロナの起源 真実の探究者たち』

第32回

橳島 次郎 科学技術文明論研究者

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エンタメ サイエンス 読書

パンデミックの根源に迫る労作

 世界中で猛威を振るった新型コロナウイルス感染症の大流行が一応収まってしばらく経ったところに、この翻訳書が出た(原著は2021〜22年刊)。分子生物学者と科学ジャーナリストの著者2人が、この病原体がどこからどのように現れたのかを追った結果をまとめたものだ。真相はいまだに明らかにされておらず、著者らも得られたのは状況証拠にすぎないとしているが、それでもその内容には目を瞠らされるものがある。

アリーナ・チャン、マット・リドレー『コロナの起源 真実の探究者たち』(創元社)3850円(税込)

 新型コロナウイルス感染症の起源には、三つの可能性が考えられた。自然環境で野生動物から感染したか、食用として市場に持ち込まれた動物から感染したか、ウイルスを扱う研究所から流出したかだ。ウイルスが生物兵器として開発されたものではないかという疑念もあったが、著者らはその可能性は否定している。

 著者らは、公表された論文や報告書、報道記事などのほか、真実を追求しようと活動した様々な人たちが見つけ出したデータを検証して、どの可能性がありえそうか考察していく。まず、中国奥地に住む膨大な数のコウモリ群を調べ、人獣共通感染症につながる多種多様なウイルスを見つけ出す研究が長年行われていたことがつぶさに明らかにされる。そのなかで各地域特有の食用・薬用動物利用の慣行が描かれ、別の意味で興味深い。

 次に著者らは、動物由来のウイルスをヒトに感染するように遺伝子改変したウイルスを作り出す研究に目を向ける。感染の仕組みを明らかにし新興感染症の発生に備えるための研究だが、事故や悪用への懸念もある。

 以上を伏線として、いよいよウイルスの起源の核心に迫る出来事と情報の分析に焦点が絞られていく。本書で一番の読ませどころだ。

 得られた証拠から著者らは、発生地の研究所からの事故による流出が強く示唆されるとの結論に至った。ただ感染源を突きとめるのは誰かの責任を追及するためではなく、将来の新たな感染症の発生を防ぐためだと著者らは強調する。世界中で危険なウイルスを扱う研究が様々な機関で日夜行われている。そこから病原体が外部に流出する事故はどこでも起こりうるし、現に起こってきた。だから関係者は事故を起こさないよう万全の備えをしなければいけない。万一不測の事態が起こったら、包み隠さず公表し迅速に対策を取らなければいけない。それが本書の示す最も重要な教訓だと私は受け取った。

「『今』と『未来』を見通す科学本」は村上靖彦、橳島次郎、松田素子、佐倉統の4氏が交代で執筆します。

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source : 文藝春秋 2026年11月号

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