毛沢東の「時間を操る」知恵

短期集中連載 第3回

垂 秀夫 立命館大学教授・前日本国駐中国特命全権大使
ニュース 政治 国際 中国

『孫子』が源流の「戦わずして勝つ」

 本連載ではこれまで、日本外交が重大局面のたびに「戦略的思考」を欠き、偶発や場当たりに押し流されやすい構造を抱えてきたこと、そして現代が米・中・露を軸にした「現代版“三国志演義”」の局面へと移行するなかで、日本外交の戦略再構築が喫緊の課題になっていることを指摘してきた。

 では、戦略を取り戻すとは何を意味するのか。必要なのは「戦略」という言葉の唱和ではない。相手がどの戦略言語(力・時間・認知の捉え方)で世界を切り取り、短期か長期か、どの“時間感覚”で勝敗を設計し、どの手段を優先的に順位づけしているかを見抜いたうえで、自国の目的・時間軸・手段の組み合わせを再構築することだ。

 その際、避けて通れない相手が中国である。中国の強みは、軍事力そのもの以上に、平時からの情報工作・心理攪乱・法の濫用・経済的威圧を組み合わせ、相手の意思決定を内側から弱らせる「工作の体系化」にある。西洋が主として「可視化された力」(軍事力・同盟・勢力均衡)の配置を問うのに対し、中国は「時間と認知をどう操作し、相手の選択肢を先に狭められるか」を問う。

 本稿は、この二つの系譜を対照させながら、今日の中国の戦略がどこから来て、どのように運用されているのかを見取り図として示す。中国の戦略的思考の源流である『孫子』と西洋リアリズムのあいだに立って初めて、いま日本が直面する「戦略の主戦場」――戦争の“前”に勝敗が決する領域――すなわち「戦争未満の主戦場」が輪郭をもって見えてくる。

『孫子』――「戦わずして勝つ」と“戦前段階”の設計

 日本外交における戦略的思考の欠如を論じるうえで、比較対照の起点として最も重要なのは、中国の戦略文化である。近代以降の中国政治を貫いてきたのは、「時間を味方にする」「時間を操る」ことを前提とした長期戦略であり、その源流は古代の兵書『孫子』にまでさかのぼる。

『孫子』が画期的なのは、戦いを単なる軍事行動ではなく、政治・外交・情報・経済を含んだ総合的な国家運営として捉えた点にある。ここでは力の多寡よりも、「いつ」「どこで」「どのように力を用いるか」が問われる。そして、最も有名な一句が、戦略の本質を端的に言い当てる。

「百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」

 100回戦って100回勝つことが最上なのではない。戦う前に相手の戦意と行動の自由を奪い、抵抗を封じることこそが最上の勝ち方だ、という逆転の発想である。さらに「兵は詭道なり」と言うように、戦いの核心は正面からの力比べではなく、相手の認識・心理・判断をどう操作するかにある。

 この「戦わずして勝つ」という作法は、現代に置き換えれば「武力行使に至る前の政治・情報・法による戦い」であり、今日の中国が重視する「三戦」――輿論戦・心理戦・法律戦――とそのまま接続する。武力行使のはるか手前から、情報発信や法的主張、国際世論工作を通じて相手の立場をじわじわと不利に追い込んでいく。戦略の焦点を軍事侵攻の有無だけに限定すると、戦う前に勝敗を規定する工程を見落とし、後追いの対応になりやすい。

『孫子』はまた、勝ち筋の優先順位を明確に示している。「上兵は謀を伐(う)つ。其の次は交を伐つ。其の次は兵を伐つ。其の下は城を攻む」。最上策は謀略と智力で勝つこと、次善は相手の同盟を断つこと、その次が野戦で勝つこと、最下策が城攻めである。ここから導かれる含意は、現代の安全保障論にとって示唆的だ。台湾問題をめぐり、日本のメディアや識者は「中国はいつ軍事侵攻するのか」という問いを繰り返しがちである。しかし『孫子』の観点からすれば、正面衝突の武力侵攻は下策に近い。

 たとえば中国は対台湾政策で「三戦」を体系的に駆使し、台湾社会に「米国は本当に台湾を守るのか」「台湾軍は戦えるのか」「現政権こそ台湾を危険にさらしているのではないか」といった疑念(いわゆる「三疑」)を繰り返し注入する。ここで狙われるのは、台湾内部の心理的分断であり、戦う前に「抵抗の意思」と「連帯」を摩耗させることである。人的ネットワークの構築や諜報活動の活発化など、政治・行政・軍の中枢を含む各領域への浸透工作を通じて、意思決定を内側から揺さぶる。武力による威嚇は目立つが、それも台湾の人々の自信を喪失させることを狙ったものであると解することも可能であり、純粋に軍事衝突の可能性だけで全体像を捉えると、戦略の“設計図”を読み違える。

 重要なのは、ここがしばしば戦略の主戦場となっているにもかかわらず、外からは「戦争が始まっていない」ように見える点だ。だからこそ厄介である。相手国の意思決定を内部から損ない、同盟の結束を腐食させながら、加害側は「武力を使っていない」という逃げ道を確保できる。台湾をめぐる議論が「軍事侵攻はいつか」だけに収斂すると、まさにこの“戦前段階”で既に進行している認知戦・法律戦・分断工作を見落とし、後追いの対応になりやすい。中国が優先するのは「兵を伐つ」以前、すなわち「謀」(智略)と「交」(外交)である。

 2025年11月7日の高市早苗首相による「台湾有事は存立危機事態になり得る」との国会答弁を契機に日中関係が緊張した局面でも、中国側は日本への反発に留まらず、国際世論と認知枠組みへの働きかけを急いだ。

 中国側はこの機に乗じて、素早く習近平国家主席自らがトランプ米大統領との電話会談で、日本の動きを「戦後秩序を揺るがしかねないもの」と位置づけ、米中が秩序維持を担うかのような構図へ引き寄せようとした。同様に、王毅外相も欧州や中央アジア等を訪問し、日本における“軍国主義の復活”というナラティブを積極的に発信した。こうしたメッセージは、『孫子』がいう「詭道」の典型例であり、政策論争ではなくレッテル貼りによって相手の正当性を削ぎ、第三国を心理的に遠ざける「交を伐つ」の技法に近い。

 要するに、中国がしているのは軍事力で相手を止める以前に、国際世論の土俵そのものを先に押さえ、日本を“秩序攪乱者”として位置づけようとする試みである。ここでは、抑止・同盟強化という「可視化された力」の運用とは異なる次元に、戦略の中心が置かれている。

 時間についての感覚も極めて重要だ。『論語』の「人、遠きを慮らざれば、必ず近き憂あり」は、長期の設計なくしては短期の危機さえ回避できないことを示す。中国文明は古来、この種の「時間を縦軸に置いた思考」を重視してきた。短期の勝敗よりも、長期の趨勢をどう作るか。相手の判断を縛るだけでなく、時間の中で自らの組織と根拠地を増殖・拡大させる。その作法が、近代以降は毛沢東の戦略思想として鮮明に現れる。

毛沢東――「戦略とは時間である」という発想

 毛沢東ほど、「時間」を戦略資源として徹底的に扱った指導者は少ない。毛沢東の語りはイデオロギーの衣をまとっているが、戦略の骨格は驚くほど現実的で冷徹だ。軍事力で劣る側が生き残る道は、勇敢さでも正義でもない。敵に“時間を浪費させ”、自らは“時間を操作する”。その時間の中で組織を増殖させ、戦場の外で勝敗を決める。この作法は、後年の中国が平時から行う認知戦・法律戦・分断工作の根に通じるものがある。

時間を『戦略資源」とした毛沢東

(1)瀕死の中国共産党を救った「抗日救国」

 1930年代半ば、蒋介石率いる国民党軍は共産党軍を壊滅寸前まで追い詰めた。長征の末に延安へ逃れた共産党軍は疲弊し、軍事的には「あと一押し」で殲滅されうる状況だった。ここで毛沢東が打った策は軍事的反攻ではなく、争点のすり替えによる「戦場の再設定」だった。「抗日救国」のスローガンを掲げ、国共内戦を「非正義」に、抗日戦争を「正義」に見せる枠組みを作り、蒋介石を“抗日へ転じざるを得ない”地点へ追い込む。1936年12月の西安事件(張学良らが蒋介石を監禁して国共停戦を迫った)から1937年9月の第二次国共合作へ至る過程は、軍事均衡の転換というより、世論と正当性の地形を塗り替え、組織が生き延びる時間を確保した政治戦と見るべきである。

(2)抗日を掲げつつ兵力を温存する「七二一方針」

 共産党が抗日戦争で果たした役割をどう評価するかは別として、毛沢東の最大の関心が「日本との戦いそのもの」ではなく、敗戦後の国民党との最終決戦にあったことは、戦略設計を見るうえで重要だ。しばしば「七二一方針」と呼ばれる指針は、抗日戦争を大義としつつ実際には兵力と組織を温存・拡大することを狙う二重構造だった。

 力の1割を日本軍との実戦、2割を国民党と協力しているように見せること、7割を農村で根拠地拡大に充てる。敵と敵を戦わせ、自らは時間を稼ぎ組織を増殖させる。日本軍と国民党軍が消耗する間に共産党は力を蓄え、戦後の国共内戦に勝ち切る。つまり、敵と敵を戦わせ、自分が利益を得る。戦場での勇戦よりも、戦後の主導権を得るための“時間の運用”が優先される。ここで重要なのは、この手法が「戦争の勝ち方」ではなく、「国家権力の握り方」として設計されている点だ。ここでも勝敗を決めたのは、戦場の戦術ではなく、時間と組織の設計だった。

(3)持久戦論・遊撃戦論――弱者が時間を支配する

 毛沢東はこの実践を理論化する。『持久戦論』は、戦力差を認めたうえで短期決戦の不可能性を前提にし、戦争を長期化させて相手の兵站・経済・国際環境への負担を増大させることで優劣を逆転させる構想を示す。『遊撃戦論』は正面衝突を避け、機動的なゲリラ戦で相手の弱点を突く。いずれも、弱者が強者に勝つ唯一の方法は、時間の支配であるという冷徹な認識に立脚している。

 この時点で、中国の戦略文化は『孫子』以来の「詭道」と「戦前段階」設計を、近代の組織戦・国家運営へと移植することに成功したと言える。

(4)国際情勢を見る構造認識

 毛沢東の視野は国内政治にとどまらない。冷戦期の国際情勢について毛沢東が主導した「三つの世界論」は、国際構造を多極的に捉える試みであった。

 米ソという二つの超大国を「第一世界」、日本や西欧などを「第二世界」、アジア・アフリカ・ラテンアメリカの開発途上国を「第三世界」と位置づけ、中国はこの第三世界の一員として米ソの覇権主義に対抗すべきだと主張した。この発想は、アジア・アフリカ・ラテンアメリカ諸国へ連帯を訴えるイデオロギーであると同時に、多極化する国際秩序のなかで中国の位置を再定義する戦略構想でもあった。この世界観に基づいて、中国は米国“帝国主義”と結び、ソ連“修正主義”と対抗する米中接近という大技を繰り出したのである。また、この認識はのちに鄧小平期の「時間と空間の確保」へと引き継がれる。つまり毛沢東は、単に時間を稼ぐだけでなく、時間を稼げる国際環境をどう作るかという視点を持っていた。

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source : 文藝春秋 2026年4月号

genre : ニュース 政治 国際 中国