平井靖史『はじめてのベルクソン 時間をひらく哲学』

第32回

平山 周吉 雑文家

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エンタメ 読書

ベルクソン哲学に誘う二つの道具

 哲学者ベルクソンの文章への賛辞から『はじめてのベルクソン』は始まる。賛辞を呈しているのは夏目漱石と芥川龍之介だ。2人の文豪は「美しい」時間空間論に感嘆したという記録を残した。ベルクソンがノーベル文学賞を受賞するのは昭和2年(1927)、芥川が自決した年にあたる。

 一度は忘れられたベルクソンが日本で復活するのは、20世紀の末になってから。未完で中絶し、生前には刊行を禁じられた小林秀雄『感想』(ベルグソン論)が陽の目を見るのは、平成14年(2002)と今世紀に入っていた。

 本書では、ベルクソン哲学の中心にある「時間」哲学に焦点をあてる。「私たちは時間について、どのような思い込みの中にいるのか」。時間を区切るのではなく、時間に寄り添わなければならない。『創造的進化』の有名なフレーズがそれだ。

「もし砂糖入りの水を用意しようとするなら、どうしようと、砂糖が溶けるのを待たなければならない」

「時間」の問いに沿って、ベルクソンの4主著が読み直される。「自由は、単なる選択の問題ではなくなる。記憶は、過去の保存庫ではなくなる。生命は、設計図の実現ではなくなる。社会は、固定された制度ではなくなる」。時計やカレンダーといった「等質的時間像」という思い込みから解放されるだけでなく、それがなぜ生まれたかを理解する視座をベルクソンは提供してくれる。

平井靖史『はじめてのベルクソン 時間をひらく哲学』(講談社現代新書)1320円(税込)

 著者の平井靖史は、時間を見る視点を変える二つの道具を用意する。「アスペクト」と「スケール」だ。前者は、現在や未来をすでに決まったもののように扱う人間の「思考の癖」を取り除き、「予定外の偶然に出会う自由」を回復するためのセンサーとなる。後者は、知覚のシャッタースピードを変えて、今までは見えなかった「隠れていた現実を出現させる装置」である。この二つを併用することで、ベルクソン世界に足を踏み入れる。

 私にとって興味深かったのは最後の著書『道徳と宗教の二つの源泉』での問いであった。昭和7年(1932)に刊行されたもので、第一次世界大戦の大量殺戮という「歴史の暗転」を受けての本である。「理性ある人々が対話し、制度を整えれば平和が訪れる、という近代的な期待の限界を身をもって」知った後の思考である。「開いた道徳」、「完成された神秘主義」、「歓び」、「魂の増補」などがそこでは語られる。

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source : 文藝春秋 2026年11月号

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