横田滋 父が泣くのを一度だけ見た

横田 拓也 拉致被害者家族連絡会代表

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 北朝鮮による拉致被害者家族連絡会(家族会)の初代代表を務めた横田滋(1932〜2020)。長女めぐみさんを北朝鮮から取り戻すため、妻の早紀江さんと全国をめぐった講演は1400回以上。その実直さで拉致問題を国民運動へと押し上げた。滋の長男で、家族会代表を引き継いだ拓也氏が語る。

長女・めぐみさんを取り戻すための活動を生涯続けた横田滋さん Ⓒ文藝春秋

 父が泣く姿を見たのは一度だけでした。

 めぐみが消息を絶って間もない頃、9歳だった私は風呂場の引き戸を開けた瞬間に立ちすくみました。湯気が白く漂うなか、父はこちらに背を向け、静かにお湯を頭にかけながら、声を押し殺して泣いていました。あの背中はいまも鮮明に憶えています。父は家でも、メディアに出ている時と同じように、いつも笑顔。「疲れた」とか「もう駄目だ」とか、弱音を吐くのを見たことがありません。そんな父だからこそ、風呂場での嗚咽に家族にも語らない本心を垣間見た思いでした。

 中1だっためぐみがバドミントン部からの帰りに消息を絶ったのは1977年11月。前日は父の誕生日で、めぐみは携帯用の櫛をプレゼントしていました。年頃の女の子らしく「お父さん、もっとおしゃれしなさいよ!」と手渡したのです。

めぐみさんが父に渡した櫛 Ⓒ文藝春秋

 めぐみがいなくなってから、1匹の雌犬を飼いました。両親が家を明るくしようと思ったのでしょう。さらに双子の弟・哲也の友だちから猫も譲り受け、兄弟が取っ組み合う横で犬と猫が追いかけっこする賑やかな家で育ちました。休日には庭でバーベキューを囲み、行楽地にもよく出かけた。父が家族の時間を大切にしたのは、今から思えば「めぐみを探すのは自分たち親の仕事、お前たちにはお前たちの人生がある」という考えがあったからでしょう。

 父は銀行員らしく何ごとにも几帳面で、倹約家でした。買い物のお釣りをテーブルに並べ、家計簿の数字と1円単位で照合していました。

 妙なこだわりもあって、玄関先のすずらんがきれいに咲いたと話したら、父は即座に「すずらんじゃない」と否定しました。強い言い方に戸惑いながら、私が「いや、どう見てもすずらんでしょ」と反論すると、「これは西洋すずらんだ」と言う。いかにも父らしいやりとりで、今でもわが家の語り草となっています。

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source : 文藝春秋 2026年11月号

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