コロナが変えた権力構造 “菅外し”で現実味を帯びる「長官辞任」と「石破擁立」

赤坂太郎

ニュース 政治
「岸田次期首相で事実上の院政」を目論む安倍首相。だが、岸田氏をこき下ろし続けてきた菅官房長官は、絶対にそのシナリオを阻みたい。それを察知した首相周辺は急速に“菅外し”を進める。新型コロナウイルスは安倍・菅の間に亀裂を入れてしまった。そして安倍首相の宿敵・石破氏と菅長官の距離は縮まり……疎外者2人は安倍包囲網に動くのか? 緊急事態宣言下で大きく変容する永田町の権力構造の変化をレポート。

菅の面前で大坪を追い出した今井

 東京五輪を延期に追い込んだ新型コロナウイルスは、これまで安定していた安倍政権の権力構造を変容させ、内奥からきしみが響く。首相安倍晋三、官房長官菅義偉を取り巻く面々の熾烈な暗闘、そして本人同士の不信とすれ違いが不可視の音源である。

 図らずもそれを増幅させたのは、厚生労働省大臣官房審議官の大坪寛子だった。週刊文春で菅の右腕である首相補佐官の和泉洋人との“不倫”が報じられた医系技官。健康に関わる危険情報を収集して分析する「健康危機管理・災害対策室」を担当し、内閣官房の健康・医療戦略室次長も兼務する。1月下旬、中国・武漢などに住む日本人をチャーター機で帰国させる方針を政府が決め、その段取りを安倍、菅らが官邸の首相執務室で協議した場にも彼女は同席した。ところが……。

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和泉首相補佐官

「無症状の感染者が多数いるのが問題になっているのに、君は何を言ってるんだ!」。安倍が珍しく声を荒げた。羽田到着後、200人もの帰国者たちをどう取り扱うべきか、検査のために医療機関にどう運び、宿泊施設をどこに確保するかを議論している最中の出来事。大坪は「健康状態に問題のない方々は、そのまま自力で公共交通機関で帰ってもらえばいい」と平然と言い放ち、それに安倍の怒りが爆発した。

 政務秘書官兼首相補佐官の今井尚哉が間髪を入れず「君はもういい。すぐに下がって」と退席させた。安倍は、会議後も「幹部があんな発言をするなんて、厚労省は一体どうなっているんだ」と憤りは収まらなかった。

 

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大坪審議官

 安倍は単に大坪の発言に怒ったのだが、今井にしてみれば、自分の宿敵である菅の知恵袋こと和泉の“愛人”を、菅の面前で追い出したことになる。菅を警戒していた今井は昨夏頃から「長官は政権取りに前のめり。任期満了前に自らへの禅譲を迫りかねない」と語るようになっていた。

 これまで安倍政権が危機に対応できたのは、菅を支える和泉の力が大きかった。しかし、その和泉が不倫報道で安倍から「注意」を受けて影響力を低下させた。コロナ対策で菅の存在感が潰えたのも軌を一にする。

 3月15日、読売新聞の記事が永田町に波紋を広げた。「首相 危機管理に腹心」の見出しで、一斉休校の決断を支えた今井の影響力が高まっていると指摘。一方、菅の力が急降下したとも伝えた。

「菅の動向に気を付けた方がいい。『菅外し』が行き過ぎると、菅が時期を見て官房長官を辞任し、石破茂陣営に合流しかねない」。同じ頃、安倍は出身派閥の細田派関係者からこうアドバイスを受けている。安倍は「そこは大丈夫だ。厚労関係はそもそも私の得意分野だということは菅さんも分かっているからね」と受け流したが、実は自身の足元で起きかねない地殻変動の予兆に感づいている。

「菅さんはやっぱり岸田さんがダメ」

 そもそも「ポスト安倍」を巡る思惑の落差は大きい。安倍は自らの後継として早くから自民党政調会長の岸田文雄を想定していたが、肝心の岸田待望論が思うように膨らまない。

 3月18日、東京・飯田橋のホテルグランドパレスの日本料理店「千代田」。安倍は岸田と2人きりで向き合った。表向きは新型コロナ経済対策の協議となっているが、次期総裁選に向けた情勢分析が主眼だった。

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岸田政調会長

「岸田さんからは各派との会合の様子など支持取り付けに向けた動きについて色々と説明はあったが、相変わらず迫力が足りない。もっと成長してもらわないと」。会合の後、安倍は問わず語りで周囲にそう不満を口にした。

 五輪は延期したものの、新型コロナ対策を着実に進めていく。そして、来年9月の任期切れまでの最適な時期に辞任して総裁選に持ち込み岸田に禅譲、事実上の院政を敷く――。安倍はその基本戦略を変えていない。

 細田派と麻生派が結束して岸田派と組む。計算上はそれだけで「岸田首相」誕生は可能だ。ところが無派閥議員のうち40〜50人を率いるとみられる菅が、岸田に強く反対している。安倍は周辺に「菅さんはやっぱり岸田さんがダメなんだよなあ」と漏らし、菅との大きな隔たりを認めてもいる。

 菅は裏で岸田を「発信力がないので選挙で勝てない」「何がやりたいのか全くわからない」とこき下ろしてきた。一昨年の自民党総裁選前には、なかなか安倍支持を明言しない岸田の様子を見て、安倍に「岸田さんにも立候補してもらえばいいじゃないですか」と進言している。その時、菅は「今さら岸田派に支持してもらっても閣僚ポストが足りない」ことを理由に挙げたが、安倍と岸田を仲違いさせたい思惑から出た言葉であることは明白だ。

 菅は一貫して「岸田政権阻止」に奔走してきた。安倍が忌み嫌っている内実を承知の上で、岸田の後見人である元自民党幹事長の古賀誠に接近。その政治資金集めに協力するなど恩を売り、古賀に「次は岸田でなくてもいい」と発言させたことはその典型だ。昨年の参院選の広島選挙区では、新人の河井案里を全面的に支援して岸田派最高顧問の溝手顕正を追い落とした。

 一連の菅の行動の理由は、単なる岸田嫌いにとどまらない。次の政権でも自らが権力を握る立場に居続けるためにほかならない。

 他方、消費税への軽減税率導入などで何かと菅と対立してきた副総理の麻生太郎も、元は共に旧宮沢派の一員だった岸田を「ポスト安倍」の有力候補と考え、定期的に酒を酌み交わす。麻生が明確に岸田に舵を切り、「岸田首相」となれば菅の居場所はない。

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古賀氏

 本誌先月号で、古賀が従来の発言を修正し、次の総裁選で岸田政権の実現を目指す考えを示した。同時に菅に幹事長か官房長官として岸田を支えてもらいたい――との希望を語ったが、菅に心変わりの兆しは見えない。

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source : 文藝春秋 2020年5月号

genre : ニュース 政治