コロナ禍で「安倍・菅」の亀裂を突く小池百合子

赤坂太郎

ニュース 政治
安倍首相が苦境に立たされているタイミングを見計ったように官邸に乗り込んだ小池都知事。休戦協定を結んで都知事選への布石を打った。そして小池都知事は暗闘を続けてきた菅官房長官への恨みを晴らそうと動き出す。

今井を通じて安倍と通じる

「危機管理の要諦は最初に大きく構えて、そこから状況が良くなると逆に緩和していく。様子を見てから広げるのではなく、最初に広げて段々縮めていく」

 4月10日。東京都知事の小池百合子は新型コロナウイルスの感染拡大の防止に向け、5月6日まで休業を要請する事業者などを記者会見で発表した。国の慎重論を押し切ってまで強行突破を演じた行動の背景には、第1次安倍内閣で国家安全保障問題担当の首相補佐官を務めた小池の「我こそが危機管理のプロ」という自負心がある。

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小池都知事

 強気の姿勢を崩さなかったもう一つの理由が首相、安倍晋三の存在だった。小池は政務秘書官兼首相補佐官の今井尚哉を通じて、水面下では安倍と気脈を通じる。その意味において、小池が対峙している「国」という相手は安倍のことではなく、政権の大番頭である官房長官の菅義偉と言える。

 永田町で囁かれる安倍と菅のすきま風――。それを巧みに利用しようとする小池の策略。休業要請をめぐる国と東京都の急転直下の合意に向けた布石は、約1カ月前にさかのぼる。

 3月12日昼。コロナ対策の要望を名目に首相官邸を突如訪問した小池は、安倍と「グータッチ」を交わして蜜月をアピールした。会談後、世界保健機関(WHO)がパンデミックを宣言したことについて「(東京五輪の)中止はまずあり得ない」と断じた。そのうえで「国と地方がしっかりと連携していくことが重要で、総理からも理解をいただいた」と説明した。

 この時、安倍は検察人事をめぐって野党から厳しい追及を受けていた。東京高検検事長の黒川弘務が、検察庁法では認められない定年延長を国家公務員法の論理で乗り越え、検事総長に事実上内定したことで、野党はおろか検察庁内部からも反発が沸き起こった。もっとも、安倍自身は黒川との付き合いは深いわけではなく、懇意なのは衆参法務委員会での「回し」などを通じて黒川との接点ができた菅の方だった。首相周辺は「総理にとってはもらい事故のようなもの。検事総長にはあまり関心がない」と打ち明ける。

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森氏

 追い打ちをかけたのが法相の森雅子だった。法務行政を預かる立場の森が、東日本大震災の時に検察官が「逃げた」と国会審議で発言し、物議を醸した。前法相の河井克行が妻・案里をめぐる選挙違反問題で辞任し、急きょ法相に起用された森。そもそも河井は官房長官枠で入閣している。広島地検の河井への捜査の行方にも気をもむ安倍は、相次ぐ不祥事で菅への信頼が揺らぎだした。危機管理には万全の備えを誇っていた菅も今回ばかりは防戦一方だった。国会審議が混乱する中、安倍は日米首脳の電話協議を目前に控え、新型インフルエンザ特別措置法の改正も間近という緊迫した局面を迎えた。

絶妙のタイミングで政治休戦

 そんな折り、安倍は今井を通じて小池から突然、会談の申し入れを受ける。安倍が苦境に立たされているタイミングを見計らったかのように、小池は官邸に乗り込んだ。黒川の定年問題の本質は官房長官の人事権であり、火に油を注いだ現法相、そして選挙違反疑惑の前法相の起用を進言した人物もまた官房長官にほかならない――そのようにみた小池は、安倍と菅の微妙な人間関係の隙を突く。

6月号赤坂太郎イラスト
 
カット・所ゆきよし

 安倍との会談は東京都のコロナ対応での要望とされているが、小池にとっては別の重要案件があった。安倍側近は「小池さんから『新型コロナも五輪問題もある。ここはひとつ政治休戦したい』との提案があった」と打ち明ける。政治休戦とは小池との暗闘を続ける菅が絶対に認めなかった「7月の都知事選での自民党の小池支持」を意味する。会談はわずか10分程度。安倍が小池の提案にどう答えたかは定かではないが、その後の安倍の動きから小池への配慮がうかがえる。

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菅氏

 小池との会談の直後、安倍はまず自民党幹事長の二階俊博に電話して「都知事選の独自候補の擁立を見送る方向で調整したい」と伝えた。

 さらに3月19日、側近の一人である選対委員長の下村博文と会談する。下村もまた、小池のなりふり構わぬ独善的な振る舞いに業を煮やしていた一人だが、最後は安倍からの直々の提案を受け入れたとみられる。もともと下村は、小池の対抗馬の擁立に腐心していた。元プロテニスプレーヤーの松岡修造や元大阪市長の橋下徹を擁立する構想も一時あったが、世論調査では小池が6割近くの支持を維持しており、立ち消えとなった。

都議会自民党との和解

 安倍は自民党都議で都連幹事長を務める髙島直樹に直接電話をかけ、「今回は東京都の2020年度予算案に賛成してほしい」と伝えた。二階も3月24日に髙島と都内で約1時間会談し、小池支持で都連をまとめようとした。同席した幹事長代理の林幹雄が「一致結束して頑張りましょう」と伝えると、都連前幹事長の内田茂も「そうですね。組織ですからね」と党本部の意向に従う姿勢を示した。

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source : 文藝春秋 2020年6月号

genre : ニュース 政治