「北海道モデル」の実態は迷いと不安の連続だった、と鈴木直道・北海道知事は語る。小中学校に対する休校要請、独自の緊急事態宣言、国との関係、他の首長に思うこと……。今だから明かせる、コロナとの150日間の孤独な戦いの全貌。(構成・広野真嗣)
「欧州等由来の第2波」
新型コロナウイルスが北海道で最初に確認されたのは、1月28日のこと。中国・武漢から観光に来られた40代の女性でした。6月末現在、道内での陽性者数は累計で1263人、死者は99人と、いずれも全国の約1割に上ります。お亡くなりになった方には、改めて哀悼の意を表します。
北海道の感染状況には、特徴がありました。全国的には、収束した流行がぶり返すという意味で、「第2波」という表現が使われます。これに対し北海道では、全国に先行して「中国由来の第1波」とされる流行が起こりましたが、いったん3月に一定程度、抑え込むことができました。ところが4月初旬から、「欧州等由来の第2波」に襲われたのです。この第2波は、新規感染者が1日最大45人と第1波の時の3倍に上り、患者数が病床数の限界に迫りました。
鈴木知事
2つの波がほとんど期間を空けることなく到来したことで、行政を預かる私としては、このウイルスの感染拡大防止対策の難しさを、痛感させられることになりました。
昨年4月に全国最年少知事として就任した鈴木直道北海道知事(39)。就任9カ月で直面したコロナ禍では、3月半ばまで全国で最も感染者数の多い地域の首長として全国ニュースに取り上げられた。とりわけ注目を集めたのは、2月下旬に打ち出した、1600の小中学校に対する1週間の休校要請と、独自の緊急事態宣言だ。
「結果責任は負う」と言い切る姿は注目を浴び、地元紙の調査では、支持率が88%に急上昇。日本経済新聞が行った「評価する知事」の全国調査では、吉村洋文大阪府知事、小池百合子東京都知事に次ぐ3位に入った。
対応を指揮した鈴木氏はこれまでメディアの個別取材に応じてこなかったが、国の緊急事態宣言も解除されて1カ月が過ぎ、今回、本誌の取材に応えた。
1月末に第1号が見つかった頃、新型コロナが話題になっていたのは、北海道のほかに、クルーズ船が停泊中だった神奈川県ぐらいでした。感染者が出ている地域の住民と、感染者が出ていない地域のほとんどの国民の間には、危機意識にかなりの温度差があったと思います。
北海道では、さっぽろ雪まつりが開催される時期であり、多くの中国人観光客が来道されていました。2月中旬以降、札幌での感染確認は少ない一方、北海道全土に広範囲に散らばるように感染者が見つかり始めた。「これは大変なことになるかもしれない」とこのウイルスの怖さを強く実感したのは、この頃のことでした。
北海道は、国土の22%という広大な面積を占め、小さい方から数えて22都府県分を合計した面積に相当します。
しかもその人口の4割は札幌市に集中している。その札幌に感染が偏るならわかるのですが、現実は違いました。札幌はむしろ少なく、根室や旭川など道の各地に広がっていたのです。「見えない敵」はどうやって広がっていくのか、皆目見当がつきませんでした。
前例がない中での一斉休校
道民の間で一段と不安が強まったのは2月下旬ころからです。21日に児童2人の感染が判明すると、給食配膳員、教諭、とわずかな期間に学校関係者の感染が相次いで判明しました。保護者から「休ませたい」といった問い合わせが寄せられる一方、教育現場では、対応をめぐってさまざまな意見が出ました。しかも、まだ欧米の都市で感染爆発が起きる前ですから、どんな対策なら間違いないという前例もないまま、道としての対応を迫られたのです。
萩生田光一文部科学大臣は、会見で「1つの市、町を学校ごとお休みするということも1つの選択肢」と発言されていましたが、感染者が出ていない地域や学校でも、無症状の感染者がいるかも知れません。教員は責任感が強いので、多少体調が悪くても教壇に立って、逆に感染を広げてしまう可能性もありました。
「学校は安全」だと理解していただくために考えたのは、「一度、リセットする必要がある」ということでした。リセットとは、施設の消毒はもちろん、ウイルスの知識を子供に伝え、今では当たり前になっている、毎朝の検温や手指消毒を徹底して教えることです。その結果、選択したのが小中学校一斉休校でした。
慎重論も出ましたが、感染者が急増する中、すぐに答えを出さなくてはいけない状況でした。ただ、長期になれば保護者の負担が重くなる。そこでインフルエンザの流行で6日間の学校閉鎖の前例があることなどを目安に、道教育委員会の佐藤嘉大教育長と相談し1週間と決めました。
クラスター対策班からの警告
実は、これと前後して加藤勝信厚生労働大臣には直接電話をして、「感染症対策の専門家を送ってほしい」とお願いしていました。
もちろん「見えない敵」の解明に必要だからですが、それだけではありません。その頃、もし全国に拡大すればさらに深刻な事態になる、という危機感がありました。そうした事態に備える意味でも、専門家に北海道の実情を早く見ておいてもらいたかったのです。
2月25日、加藤大臣の下にクラスター対策班が設置され、その設置当日さっそく、国立感染症研究所の職員ら3人が派遣されて来ました。本庁舎地下1階にある危機管理センターの大部屋には、庁内各局から30〜40人ほどの職員を集め、対応にあたっていたのですが、そこに合流してもらいました。
それから3日後の28日の午前中、政府の専門家会議のメンバーから助言が届いた、と報告がありました。実は、厚労省でクラスター対策班を統括しておられた押谷仁東北大学大学院教授や西浦博北海道大学大学院教授からのご教示だったことは後で知るのですが、その内容は次のようなものでした。
〈札幌以外の遠隔地の患者が多い〉
〈若年層の症状の軽い人が感染を地方に運んでいる可能性がある〉
実際、この日は2日連続で新規感染者の報告が10人を超えていました。さらに次の指摘も受けたことを印象的に覚えています。
〈この1〜2週間で人の接触を可能な限り控えるなど積極的な対応を行えば急速に収束させることができるが、対策を取らなければ道全体で急速に感染が拡大しかねない〉
後に専門家会議の尾身茂副座長が会見で言及された「オーバーシュート」が目前に近づいているかもしれない。それを避けるために「接触の機会を減らせ」と言われているのはわかるのですが、ではどうしたらよいのか、具体策を示していただいたわけではありません。対策を決め、どう道民に伝えるかは、私に委ねられていました。対策本部での決定を経たその日の午後6時過ぎ、私は臨時会見を開き、独自の「緊急事態宣言」を出すことにしたのです。
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source : 文藝春秋 2020年8月号