原辰徳 巨人軍監督「プロ野球は国民とともにある」

原 辰徳 読売ジャイアンツ監督
エンタメ スポーツ
6月19日。予定から約3か月遅れでプロ野球が開幕した。監督復帰1年目の昨年、巨人を5年ぶりのリーグ優勝に導いた原辰徳監督(61)は、新型コロナウイルスの感染拡大でチームの活動がストップする中、開幕に向けてどんな決意で準備をしてきたのか? コロナ禍のなかでのプロ野球の責任と役割を聞いた。(取材・構成 鷲田康)
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原氏

ジャイアンツが先頭に立たなくては

 いいにつけ悪いにつけ、私たちプロ野球選手というのは皆さんに見られる立場の人間です。だからこそあらゆる振る舞いに責任もある。そう考えたら野球が動き出すためには、まずスタッフ、選手、フロントも含めて関わる人間がきちっと感染対策をすること、安全を確保した練習場で準備を整えていくことだと思っていました。そういう準備があって初めて、いかに開幕という一歩を踏み出していけるのかを考えることができる。チームとしての活動が止まった時点で、私の中にはまず、その意識が強くありました。

 その上で日本のプロスポーツにおいては、プロ野球界がリーダーシップをとらなければならない。そのためにもジャイアンツが絶対に先頭に立っていこうと思っていた訳です。

 ただそうして先頭に立つためには、まずチーム内が安全でなければなりません。チーム内で感染者がいないという確認もとれていないのに、試合をやるなどというのはとんでもない。ましてやファンの皆さんをスタンドに入れるなど、とてもできないことです。だからこそまずチーム全員の安全を確保することが重要なスタートラインだと考えていました。

抗体検査を提案

 そこで私が最初に提案したのが抗体検査でした。

 私が抗体検査の存在を聞いて、知り合いのお医者さんで検査を受けたのが5月10日前後だったと記憶しています。そこで陰性の結果を頂いて、その足で球団に行きました。

 球団では今村司社長や関係する部署の方に抗体検査の実施についてお話をさせて頂きました。本来ならPCR検査が一番正確なのでしょうけど、当時はまだ、そう簡単には受けられる環境になかった。感染しているかもしれないと疑いのある人でも、なかなかPCR検査は受けられないような状況でした。

 しかし抗体検査なら比較的簡単に、指先をちょっと針で突いて血を出して、それを元に分かる。そういう検査があるから「選手とスタッフでまずそれをやりませんか」と提案をしたのです。

 抗体検査を受けて、とりあえず現時点で安全であることを確認し、安心した形で野球をやりましょう、と。それから後に報道陣やよかったらファンの人たちもやって、安全を確認した人同士が一緒に球場に入れる環境を整える。そういうことにしたらどうでしょうか、という提案ですね。

 新型コロナウイルスの恐怖は、もちろん感染することですが、それと同時に自分がすでに感染しているのではないかという不安だと思います。感染したらもちろん自分自身も死ぬかもしれないという恐れ。無症状でも他の人に感染させてしまうかもしれないという不安。その恐れと不安を取り除くために、全員で検査を受けましょうということです。

 球団も「ぜひやりましょう」ということで、少し時間はかかりましたが実現できた訳です。

使用_20151023BN00188_アーカイブより
 
 5月末に巨人ではコーチ、選手、フロントスタッフの抗体検査を実施。すると坂本勇人内野手、大城卓3捕手の選手2人を含む4人に新型コロナウイルスの抗体が確認された。急遽、その4人がPCR検査を受診した結果、6月3日に坂本と大城の陽性が判明した。すでに開幕に向けた練習試合が始まっていたが、すぐさま当日の西武戦の中止が発表され、両選手は保健所の指示で10日間の入院を余儀なくされた。

 本来は抗体検査で陽性が出たということは、すでに感染して抗体を持っているということで、しかも勇人と大城が陽性反応を示したのは、感染から時間が経過したときに獲得するIgG抗体というものでした。

 2人とも感染したのは確かだと思います。ただあの時点では、すでに他人に感染させる可能性はない状態だったのではないかとも思います。

 PCR検査で陽性が出たのも、死滅したウイルスか何かを検出したのかもしれません。ただそれでも検査で陽性が出たならば、そこは規則に従って行動する。10日間も入院した彼らは、不憫ではありました。しかし行政の指示に従って、国のルールをしっかり守るしかない。そこはきちんとやりきらなければならないと2人にも伝えました。

 ただ、そうやって検査をしたことで、安全を確認した選手同士が、きちっとコントロールされた空間でプレーをできる環境は整いました。

使用_20151023BN00219_アーカイブより
 

まずそこが大事ですね。

 野球というのはコンタクト性もあるし、色々な場面で選手同士が非常に近い距離感にならなければならないケースもある。元気な選手同士ならば感染はしない訳で、もしその中に一人でも感染者がいればそこからクラスターが起こる可能性も出る。検査をしても100%ではないかもしれません。しかしチーム内という小さな世界で動いている限りは、少なくともその小さな世界がセーフティーだという実証があることが重要と思いました。

 巨人が6月4日に全員のPCR検査を行った後に、球界全体でも12球団でPCR検査をやってくれた。その結果、野球界はグラウンドで思い切った野球ができるという環境を共有できたと思います。

私的外出はお墓参りぐらい

 もちろんユニフォームを脱いだときに、いかに自分自身を守り、周囲にいる人々を守るかという意識も大切で、私自身も緊急事態宣言中は外出もほとんどしなかったですね。

 時間はたっぷりありましたけど、大好きなゴルフに行こうという気持ちも起きなかった。家にいて、たまに買い物に行かなければならないので、車を運転してうちの女房を送っていきましたが、店に着いても私は車の中で待っていました。後は家の掃除をしたり、私的な外出といえばお墓参りに行ったくらいでした。

 外食もまったくしていません。家でずっと女房の手料理を美味しくいただいてましたよ(笑)。幸い家の中に運動するマシンとかもありますから、そこで体を動かしたり、トレーニングはできるのでそれは恵まれていたことでした。

 本当に生活様式は激変どころではなかったです。それは宣言が解除されたいまも、ほぼ同じ状態が続いています。

 この先、どうなっていくのかなという不安も感じましたし、いまだってまだまだ平穏ではない。いままで通りの生活からはほど遠いので、そこで新しい生活様式というのですか……それを守ってやっていくしかないな、と思っています。

 抗体検査を受けて感染していないと分かった人は、余計にその状態を大事にするようになります。心のどこかで「ああよかった。もっとこの状態を保って大事にしよう」という思いを持つはずで、それも検査を受けた一つの収穫でしょう。

100%野球に集中する

 このコロナ禍の中では、私だけでなく皆さんが非常に不便を強いられる生活が続いたと思います。ただ、そこで我慢して努力したものが、抗体検査で陰性が出たことで間違っていなかったんだ、と確認できました。それまでの自粛生活にお墨付きをもらったような感じですね。だからこそ宣言が解かれても、フイにはしたくないとも思いました。そうなると日常生活でもより、この新しい生活の仕方というものを大切にするでしょうし、不要不急の外出を避けるようにもなるのです。

 私自身も新型コロナウイルスの感染が広がりだしてから、これまでの自分の生活行動が間違いではなかった、こういう生活を徹底しようという気持ちが強まりました。

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source : 文藝春秋 2020年8月号

genre : エンタメ スポーツ