その知らせがもたらされたのは、昨年のことだった。電話口から聞こえてくるカズの声がいつになく切迫しているのに間もなく気づいた。
「タミオさんが亡くなったそうです」
タミオさんが体調を崩しているとは知っていた。だが、まさか死につながるほどの病をかかえているとは思っていなかった。私は電話を切ったあとも、その事実をなかなか信じられないでいた。
タミオさんとは、カズがバーテンダーをしている下北沢のレディ・ジェーンで知り合った。どういう流れで、どちらから話しかけたかは覚えていない。カウンターですぐに意気投合し、それからは店で顔を合わせれば酒をともにするようになった。
何度か呑むうち、タミオさんが私より20歳以上も年長であることを知った。30代にして頭髪が薄れてしまった私とちがって、その風貌は同年代と間違われるほど若々しい。10代のころに中量級のボクサーとして活躍し、電気工事士のかたわらサーフィンの大会で表彰台に立つほどの体は浅黒く締まっていた。一見して威圧的だが、いつも人懐っこい笑顔をうかべながらカクテルを呑んでいる様子は子供のようだった。
説教めいたことも、愚痴の類いや自慢話も一切口にしない。タミオさんの酒は、ただひたすらに磊落で楽しい酒だった。そんなタミオさんといるのが私は楽しくて、どこまでも梯子酒につきあった。
「コウちゃん。もう一軒、俺の知ってるアミーゴのところ行こうよ」
そうして連れて行かれた、怪しげなナイジェリア人がやっている新宿の店で数十万円ぼったくられたこともあったが、それすら笑いの種にして呑み歩いた。朝まで呑み、それでも飽き足らず昼過ぎまでおよんで、タミオさんはよく現場仕事を飛ばしていた。
タミオさんは、自身のことについてめったに話さなかった。ただ、ごくたまに、気がむいたときにポツリポツリと話してくれることがあった。在日3世として生まれ育ったこと、朝鮮高校のこと、仙台で用心棒をしていたこと、同棲しているロシア人の彼女のこと、そして家族と父親のこと……ふだんの笑顔からはうかがい知れない微妙な陰影がその語り口に見え隠れしているように感じられた。
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source : 文藝春秋 2020年9月号