子どものころから、夏にテレビをつければ甲子園があった。誰もが知る大会歌、翻る旗、サイレン。躍動する白いユニフォーム。それがない夏など、想像したこともなかった。災害などで開催が危ぶまれても必ず行われてきたから、それこそ戦争でもなければ中止になることはないと思いこんでいた。
私は普段は歴史物をメインに執筆しているものの、毎年夏になると高校野球を題材にした本を出していた。よほど高校野球が好きなんですねと言われるが、だいたい曖昧に笑って受け流している。たしかに野球は好きだし、とくに地方大会は毎年熱中しているが、正直なところ「高校野球」という現象に対しては単純に好きと言い切れないところがある。
野球ファンもいろいろいて、どのジャンルの野球も等しく観る人が一番多いだろうけれど、高校野球に関しては「高校野球だけは好きで観る」という人と、逆に「プロ野球は好きだけど高校野球は嫌い」という人にわかれる。どちらの気持ちもよくわかるし、この差こそが高校野球がもつ特殊性のあらわれで、なぜこうなったのかということは昔からよく考えていた。そして、少しばかりうんざりしていた。
しかし仕事として見てみると、野球もので依頼が来るのは高校野球ばかりというのが現実だ。何度も話し合い、題材は社会人野球と決まったはずの原稿が、土壇場になって上の要望で高校野球に変えられたこともあった。それぐらい「夏と甲子園」という組み合わせは、この国において強い意味をもつ。夏の風物詩というより、物心ついたころから刷り込まれたもの。好悪など関係なく、無視できない儀式として、夏の真ん中に居座っているように思えたものだ。
2年前、もう高校野球ものは最後にしようと決めて『夏空白花(はっか)』という本を上梓した。2年前といえば第100回記念大会が開催された年だ。戦後わずか1年で復活した選手権大会に奔走した人々の物語は、なぜここまで甲子園が巨大なものになったのかという問いの答えにもなるかもしれないと考えた。
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source : 文藝春秋 2020年9月号