30歳。最後の恋、終了のお知らせ

大木 亜希子 ライター/作家
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■大木亜希子 (おおき あきこ)
作家・女優。2005年『野ブタ。をプロデュース』で女優デビュー。2010年、秋元康氏プロデュースSDN48として活動開始。解散後、3年間の会社員経験を経て、2018年フリーライターに。著書に『アイドル、やめました。AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)、『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(祥伝社)。7月21日発売『小説現代』(講談社)では自身初の創作小説を書き下ろして話題になる。

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 たった3時間、会話を交わした男のことを好きになってしまった。

 この年齡にもなって、そんなことが起きるとは思ってもいなかったけれど。

 ある夜、下北沢にあるオーセンティックなバーで飲んでいたら、ひとりの大柄な男が店に入ってきた。

 どこかで見かけたことがある顔だ。

 男は、新進気鋭の画家だった。

 2年ほど前、男がテレビで取り上げられている姿を目撃したことがある。

 密着取材を受けているのに、男は少しも笑っていなかった。

 さらにその数ヶ月前、新宿駅周辺を歩いていた時も、ある大型ギャラリーの前を通りかかると彼の個展が開催されていた。

 会場の入り口で本人が佇む姿を見かけたが、たしかその時も1ミリも笑っていなかった。

 男の隣にはスタイルの良い女性が立っていて、甲斐甲斐しく来場者の対応をしていた。

「華やかで、よろしおすなぁ」

 そう思った記憶がある。

 いずれも私が一方的に男を認知し、目撃しただけだから、私たちのあいだには明確な境界線が引かれ、もうそれは侵食しようがなかった。

 しかし、流れ行く景色のなかで、なぜか「あの男」に少し心が揺らいだことを今も覚えている。

 ■

 その男が今、私の横の席に座っている。ネイビーのシャツに黒いジャケットという出で立ちで。

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source : 文藝春秋 2020年10月号

genre : ライフ 人生相談 ライフスタイル