前回、なぜヒラリーは敗れたのか? 今回、バイデンはトランプに勝てるのか? アメリカ政治に精通した3人が2020年の大統領選挙を読み解く
<この記事のポイント>
●バイデン陣営には「なぜヒラリーが勝てなかったのか」という反省が足りていない
●民主党が「ブラック・ライブズ・マター」運動に深入りすると、経済軽視の罠に陥りかねない
●コロナの問題は、この数カ月間、トランプの方が有利になっていくトレンドがある
(左から)佐々江氏、三浦氏、渡辺氏
「バイデンさんは圧倒的にいい人」
三浦 11月3日に米国で大統領選挙が行われます。共和党のトランプと民主党のバイデンの対決になりますが、日々メディアを賑わせているトランプに対して、バイデンは日本の読者にとって馴染みが薄い。そこでまず「バイデンとは何者か」から始めましょうか。
渡辺 オバマ大統領がバイデンを副大統領に選んだのは、自分の弱点を補うという意味で、「白人である」「ワシントンでの経験が豊富」「外交安保に精通している」ことが理由でした。
何よりバイデンの大きな強みは、さまざまな苦労を経験して共感力があること。妻と子供を交通事故で亡くしたり、生き残った息子にも結局先立たれたり、また幼い頃は、父の失業で引っ越しを余儀なくされたり、吃音に苦しんだりと、さまざまな苦労を克服してきた人です。
そのせいか、40年近くも上院議員としてワシントンにいたインサイダーなのに親しみやすさがある。そのあたりが、ヒラリー・クリントンのような反発は生まない理由で、トランプに一番欠けている点でもある。今回の民主党大会も、彼の共感力を前面に打ち出しています。
三浦 バイデンさんは圧倒的にいい人ですよね。一方で、選挙の時は根拠薄弱な情報が飛び交うとはいえ、過去の女性に対する態度が問題視されていることも事実。時代に合わせアップデートされたリベラルな価値観に寄り添う必要があります。その一つが「#Me Too」運動に象徴される女性の権利。中道の高齢白人男性のエリートが、そういう新しい価値観にどう近づけるか。彼自身の変化のプロセスに意味があります。
佐々江 ただ彼は、ドメスティック・バイオレンス関連の法律もつくっていますね。女性DV被害者を助ける弁護士の互助会のイベントを大使公邸でやったときも、彼は駆けつけてきましたが、その姿は、こういう問題を“外から傍観するだけの白人エリート”という感じではありませんでした。
バイデンと若者世代
渡辺 「トランプはとにかく嫌だ」という人が多いとはいえ、バイデンに惹かれて支持している人は、そんなに多くないかもしれません。「反トランプ」以上の、特に若い層に向けたヴィジョンを提示できているかというと、ちょっと疑問ですね。
三浦 若い世代から見たときのバイデンの“古さ”“つまらなさ”は確かにあるように思います。
佐々江 僕は、自分が老年世代だから、バイデンみたいに歳を取っても頑張っている人にシンパシーを覚えます(笑)。個人的な体験からしても、非常に親しみやすい。情熱的で、しかも気さく。トランプもそういう面がありますが、バイデンの場合は、それに知的な感じが加わる。フェイス・トゥ・フェイスで会うと、けっこう魅力のある人です。
それと、クリントン大統領とオバマ大統領も、演説の名手でしたが、彼は演説が本当に上手い。葬式なんかでも涙が出るような感動的なスピーチをします。
三浦 でも、正直さゆえにうかつなところもある。ラジオで「民主党に票を入れない黒人は黒人ではない」などと言ってしまう。ついポロっと出る本音に、マイノリティ側からすると、エリート主義とかマジョリティの傲慢さが見えてしまう。
佐々江 そういう失敗はあるにしても、ここぞっていうときに戦うガッツがあって、逆境に強いのはたしかです。苦難に何度遭っても、そのたびにカムバックしてくる。今回の予備選でも、当初マスコミは、サンダースばかりに注目していましたが、「バイデンも、いずれ実力を見せるはずだ」と僕は思っていました。
渡辺 しかし、ビル・クリントンにしてもオバマにしても、民主党候補が大統領になるときは、特に若者の熱気に支えられてムーブメントを起こして勝ってきたのに、バイデンにはそれが感じられない。
佐々江 しかし、やはりバイデンも捨てたものではなくて、なかなか気遣いの人。僕も忘れられない出来事がありました。
河野克俊前統合幕僚長との会談の時のことです。副大統領だったバイデンがホワイトハウスで待っていたのですが、河野さんが乗った米軍のヘリコプターが故障で約束の時間に来ない。週末直前だったし、普通なら延期になりますよ。でもバイデンは「待つ」と。しかし2時間くらい経っても来ない。ようやく到着して型どおりの挨拶で終わるかと思ったら、日米の安全保障はどうあるべきか、なんて熱のこもった話をするんです。会談の中身もさることながら、彼の態度に敬服しましたよ。
三浦 なるほど。ただ彼が得意とする外交安保の分野において、私はむしろ評価できません。アフガニスタン戦争でも抑制的なアプローチをとろうとせず、「自分の解決策こそ正しい」と思い込むようすは、ヒラリーとも重なる。その点、トランプは過激なことを口にしても、結果として戦争をしていない。リベラルは、時に自らの信じる正義に基づく戦争を始めてしまうのです。オバマ政権の外交安保政策の悪い部分も、責任の一端はバイデンにあります。
佐々江 ただ彼の良さは、超党派的であるところ。湾岸戦争でもイラク戦争でも、少しブレたのも事実ですが、民主党の多くが反対する問題でも、「国のため」ということになれば、共和党の人々とも進んで協力する。そういう器量があります。
演説の名手と言われるバイデン
トランプ支持はなぜ根強い?
佐々江 初期のトランプ政権が「素人政治」であったのは本当の話です。前例無視。プロトコル(儀礼)も無視。ホワイトハウスのプロトコルのスタッフはクレイジーになっていた。でも、それが米国民にも、他国民にも、新鮮に映る面はある。
例えば、オバマのスタッフは、非白人のマイノリティが多かったけれど、トランプの周囲は白人ばかり。でも敷居が高いのはオバマ時代のほうでした。トランプのスタッフは、うるさいことを言わずに非常に鷹揚。だから、日本の首相からの電話も気軽にトランプに取り次いでくれます。一方、オバマへの電話となると、何人も間にスタッフが入るから大変な手続きが必要でした。
渡辺 敷居が高いというのはエスタブリッシュメントの特徴ですね。そのことに米国民は嫌気がさして、トランプを支持している。そこはサンダース旋風とも通底していて、どちらもアンチ・グローバル派。サンダースは左派ですが、経済ナショナリズムという点では右派のトランプと支持層が一部重なっています。
サンダース氏 ©iStock
佐々江 一言で言うと、トランプ大統領は田舎のおじさんにモテる。
学生の頃、ミズーリの田舎にホームステイに行った時、タイプライターショップを営む普通の中産家庭にお世話になりました。子供がアジアに布教に行くか、軍隊に入るかというような信心深い家庭が多い町でした。
大使になってから訪ねてみると、やはりFOXニュースしか見ていない。そんな彼らにとっては、西部のハリウッドやハイテク産業、あるいは東部のニューヨークは“本当のアメリカ”ではない。こういう人が人口の3割程度を占めていて、トランプを支持しています。
三浦 私の夫の母方の実家も、南部のノースカロライナにあります。いわゆる白人の勤勉な中産階級で、誇りをもって納税している人々です。
今、全米で最大の興行収入を誇るスポーツはストックカーレース(市販車のレース)なのですが、夫の祖父は、主催団体であるナスカー(全米自動車競走協会)の発起人の一人でした。ナスカーは、“白人がほぼ占有する最後のスポーツ”と言っていいでしょう。親戚はほぼ例外なく共和党員です。彼らを身近に知っていたために、私はトランプ支持者の実態を見誤らないで済みました。
トランプ発言の“意味”
佐々江 トランプの英語は低レベルだと言う人もいるけれど、「1+1=2」といった誰にもわかる言葉で話すから、庶民にはわかりやすい。だから支持されるとも言えます。
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source : 文藝春秋 2020年11月号