ごみ清掃員の私が考える「日本人のマナー」

滝沢 秀一 ゴミ清掃員、お笑い芸人
ニュース 社会
■マシンガンズ・滝沢秀一
1976年生まれ。東京都出身。1998年、西堀亮とお笑いコンビ「マシンガンズ」を結成。「THE MANZAI」2012、14年認定漫才師。2012年、定収入を得るために、お笑い芸人の仕事を続けながらもゴミ収集会社に就職。お笑い芸人との二足のわらじで活動している。著書に『このゴミは収集できません』『やっぱり、このゴミは収集できません』(ともに白夜書房)などがある。

『日本人はマナーがいいなんて嘘』ごみ収集員が対峙する日本の違反ごみ」という記事を読んだ。取材に費やした時間と労力を想像させる力強い記事だった。ごみ清掃員として働く私は、一つ一つのエピソードに頷きながら、時には“あるある”と口に出しながら共感した。

マシンガンズ滝沢清掃員
 
滝沢秀一さん

 特に「違反を知らせるシールを貼る作業も時間ロスの1つ」(神奈川県40代男性)などはコロナ禍において顕著だった。外出自粛を機に家の片付けをしようと考えたご家庭は多く、例年以上のごみが出た。その中には分別することが面倒なのか多くの違反ごみがあり、それら一つ一つにシールを貼っていく。ごみ清掃員を長くやっていると、わざとルール違反をしているのか、ルールを知らないだけなのか、ごみを見るだけでわかる。可燃ごみの中に、使いかけのラー油の瓶やドライヤーが入っていたことがあったが、これは明らかにルール違反だと分かってはいるけれども、分別するのが手間でそのまま捨てたと考えられる。そういうごみに作業の手を止めて違反シールを貼る手間はとても虚しく感じる。

「割れたガラスがごみ袋に入っていて知らずに掴んで大怪我をした人もいました」(京都市40代男性)

 私はごみ清掃員を8年間やっているが、このような経験を何度もしている。割れた茶碗やグラスが可燃ごみに入っていて、知らずにつかみ何度も血まみれになった。応急処置として効果があるかどうかわからないがファブリーズをよく手にかけたものだった。軍手を突き破って血だらけになった指は一日中、出血をし続け、軍手が真っ赤に染まる。不運にも雨だと血が止まらない。ごみを出す方は何気なく出しているが清掃員にとっては大怪我につながることもある。

 記事には、「『臭いから早く持って行け』という電話がくることがある」(大阪府20代男性)という声もあげられていた。同じ言葉ではなかったが、私も似たような経験をしており、自分のことのように腹立たしく感じる。

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 しかし、私が一つだけ違う思いを抱いた点がある。日本全体のごみ出しのマナーが悪くなっているということでは必ずしもないと思ったのだ。

「出されるごみの分別方法は年々悪くなってきています。単身者向けの賃貸アパートや集合住宅はその傾向が顕著です」(栃木県30代女性)

 このアパート、もしくはこの地域のごみ出しマナーが悪くなっていることが読み取れるコメントだ。私は、恐らくこの30代の女性は同じ地域を回っている常勤(毎週、同じ地域のごみを回収する勤務形態)の方ではないかと想像した。

 私は現在、非常勤の清掃員として働いていて、その日によって回収する場所も、回収するごみの種類も違う。23区内で様々な地域のごみを見てきた私の知る限り、ごみ出しのマナーが悪い地域は年々悪くなるし、綺麗にごみ出しをしている地域はどんどん綺麗になっていく現実がある。

 ごみ出しマナーの格差が広がっている事は確かではあるが、日本全体でごみ出しのマナーが悪くなっていることとは別の話である。

 コロナ禍において、分別をきちんとする地域と、しない地域の格差は分かりやすく広がり、分別をあまりしない地域を担当している清掃員が溢(こぼ)す愚痴は気の毒になるほどよくわかる。「集積所が汚い場所イコール治安の悪い場所」とは限らないが、一般的に治安の悪いと言われている地域はごみ集積所が汚いことが多い。集積所はそこに住んでいる人たちのマナーを測るひとつのバロメーターと言えるであろう。

 その一方で、私がこの8年間で感じているのは「ゴミは伝染するもの」だということ。ごみ出しルールをきちんと守って出す人も、集積所で皆がルール違反のごみを出していれば、次のごみ出しから自分もルールを守らなくていいやと思うのが人間である。逆を言えば綺麗なごみ出しをしているところに自分だけルール違反のごみを出すのも勇気がいる行動である。綺麗な道端にポイ捨てしにくいが、ごみだらけの所には何の躊躇もなくごみを捨てられるのと似ている。

 とりわけ私がここで伝えたいと思うのは、しっかりとルールを守り、さらには社会をより良くしようとしているように見える主婦の方々のごみ出しのことだ。

 きちんと朝のごみ出し時間も守り、集積所で清掃員に“お疲れ様”と一言労いの声を掛け、ごみを回収した後の集積所を綺麗に保つために掃除をする。その集積所の各家庭から出されるごみを見れば、竹串はごま油の使い終わったペットボトルに入れ、清掃員に刺さらないように配慮されている。油などが入ったペットボトルは、ペットボトル自体に油が染み込んでいるので、資源にならない。資源に再利用できないペットボトルを最後まで利用してごみを出していることには、清掃員である私ですら目から鱗だ。

 こういうごみが出ている地域は不思議とごみ出しのマナーがきちんとしている人が多い。

 私は様々な地域のごみを回収してきたが、傾向としてペットボトルのラベルをきちんと剥がして出している地域は他のごみ――可燃ごみや不燃ごみ、または古紙やびん、缶など――も綺麗に出していることが多い。よくよく考えてみればそうだ。ペットボトルだけ綺麗になっているのに急に可燃ごみだけ汚く出すことはあまりない。

 記事の筆者であるフリーライターの橋本愛喜さんは、「本当のマナーとは、見えないところで人を思いやれることなのだろう」と結んでいる。私も全く同感で、見えないものに対して、思いやりを持つことが成熟した大人だと思っている。

 8年前はもっとごみ出しのマナーが酷かった。私は次第に状況が良くなっていると思うが、恐らくその当時は単純にルールを知らなかった人たちが、ルールを覚え、マナーを守ってくれるようになったからではないだろうか。

 私事で恐縮だが、先日出版した『やっぱり、このゴミは収集できません』の中で、タナカリヨウスケさんに描いてもらったイラストにこういう絵があり、ごみを出す時にこういうことを想像できるかどうかが成熟した大人か否かの分かれ道なのではないのかと思う。

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 回収中に包丁が飛び出してきたことをテレビで話したら、娘が「危なかったね」と私のことを心配した。

 ごみ清掃員の一人一人に家族はいる。独身でも恋人がいたり、ごみ清掃員として従事する子供を案ずる親がいる。清掃員の仲間たちがいる。

 私も同僚がごみで怪我をしたり、スプレー缶などが破裂して重大な事故に巻き込まれたりしたら、心底悲しいし、ただ単に手間だからという理由で何気なく危険なものをごみの中に混ぜていたら腹が立つ。実際、タオルでぐるぐる巻きにされているスプレー缶が可燃ごみで出されているのを見たことがある。

 ごみを綺麗に出す人とごみを乱雑に出す人の格差はコロナ禍において、さらに広がったが、乱雑に出す人にこそ清掃現場の声を知ってほしいと思っている。

(一部写真=iStock.com)

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