新資料発見 日独伊「三国同盟」八十年目の真実

ニュース 昭和史
大島浩駐独大使、未公開の「独白録」。日本を破滅に導いた条約の“実態”はあまりに杜撰だった

<この記事のポイント>

▶︎ナチス政権下の駐独大使だった陸軍中将・大島浩の未公開発言録が発見された。昭和史の“空白”を埋める新資料だ
▶︎日独伊三国同盟の目的は「アメリカの参戦を阻止すること」だったが、同盟をめぐる過程はあまりに杜撰だった
▶︎条約案の骨子を書いた大島としては、外相・松岡洋右の行動がなければ……という思いだったのだろう

 三国同盟が対米開戦を不可避にした

 また12月8日がめぐってきた。日本がハワイの真珠湾を攻撃しアメリカとの戦争が始まった1941(昭和16)年のその日から79年、この開戦に至る“謎”に迫る貴重な資料が出現した。

 ナチス政権下の駐独大使として日本の政治や軍事に大きな影響を及ぼした陸軍中将大島浩(1886~1975)の発言録だ。晩年の1971年から73年にかけて13回にわたり行われたインタビューの記録が眠っていた。日独防共協定やノモンハン事件、独ソ不可侵条約、第二次大戦の勃発、さらに日ソ中立条約から独ソ戦、そして日米開戦へと激動の国際政治に直接関わった体験や、間近でした見聞を語っている。

 昭和史の“空白”を埋める大島浩の証言に耳を傾けてみよう。

 何よりの驚きは、今から80年前の1940年9月に締結された「日独伊三国同盟」誕生までの経緯と“交渉過程”だ。

 日本が戦争に踏み切ったのは、1941年11月にアメリカが提示した「ハル・ノート」を日本が最後通牒と受け止めたからだ。「受け入れられない」と日本が判断したアメリカの核心的要求は3点で、その一つが三国同盟の破棄であった。

 その意味で、三国同盟は、対米開戦を不可避にし、「その後の日本の運命を決定づけた」と言える。ところが、条約締結の経緯や交渉過程は、これまで多くの“謎”に包まれてきた。昭和史を代表する2人の作家、半藤一利さんと保阪正康さんが『「昭和天皇実録」の謎を解く』(文春新書、2015年)の中で対談し、こう語っている。

「保阪 そもそも三国同盟は、なぜあんなに拙速に結ばれてしまったのか。/昭和15年9月初旬の段階では、まだアメリカは欧州の戦争に参戦する状態ではありません。ソ連を牽制したいヒトラーは、日本と手を結ぶため、特使としてハインリヒ・スターマーを日本に派遣します。スターマーは、同盟国が戦争になれば自動的に参戦するという条件を、松岡外相に迫るんです。松岡もさすがにこれには反対で、交渉の結果、交換公文という形で『日本が第三国と戦争する場合は自主的に判断する』とすることで、三国同盟が調印されてしまいます。

 半藤 スターマーが、9月7日に来日してからわずか20日間、あれよあれよという間の締結でした。天皇は、この同盟が対英米関係を悪くすると憂えていたはずです」

 特使スターマーが外相松岡洋右と初めて会ったのは9月9日。そして27日には同盟条約がベルリンで調印されたのだ。だが、なぜこれほど重要な条約が、これほど迅速に締結されたのか。

大島浩
 
条約案の骨子を書いた大島浩

三国同盟締結の前史

 前史からたどってみよう。

 日独の提携は、1936(昭和11)年に結ばれた「日独防共協定」が大きな転機となった。「国際共産主義運動への対抗」を表向きの目的に掲げているが、秘密の議定書が付属しており、実態は軍事色を帯びた「反ソ連」の協定だ。翌年にはイタリアが参加し3国の協定となった。

 防共協定を実現したのが、ドイツ駐在陸軍武官の大島だ。ナチスの外交担当ヨアヒム・フォン・リッベントロップと秘密裡に交渉を進めた。「大使館と海軍武官には知らせずにおいたんです。もれちゃいかんですからね」と大島は述懐している。

 その後、リッベントロップが外相になり、大島が大使に昇進すると持ち上がったのが、防共協定を強化し、軍事同盟にする構想だった。1939(昭和14)年の年明け、平沼騏一郎を首班とする内閣が誕生した直後に表面化した。

 陸軍にとっては、「ソ連の軍事力を牽制するパートナー」が必要だった。1937(昭和12)年に始まった日中戦争も背景にあった。都の南京を陥落させても中国は屈服せず戦争は泥沼化し、独力での事態打開は難しくなっていたからだ。

 ところが海軍は慎重だった。欧州では、ナチスドイツと英仏との間でいつ戦争になっても不思議でない情勢が続いており、「欧州での争いに巻き込まれたら大変だ」との認識があったからだ。

 会議を重ねても結論はでなかった。最大の争点は「参戦の条件」だった。「加盟する一国が他国から攻撃を受けた場合、共同して反撃する」という軍事同盟である。攻められたらすぐに戦う「自動参戦」がドイツの意向であり、陸軍の主張だった。一方の海軍は、参戦を独自に判断する「自主参戦」を掲げ譲らなかった。

 そんな状況下の8月、ドイツはソ連と「不可侵条約」を結んだ。「ソ連を敵だ」と思うからこその同盟構想だったが、その“敵”であるはずのソ連とドイツは手を結んだのだ。「欧州の天地は複雑怪奇」との声明を残し、平沼内閣は総辞職した。

 そして9月、ドイツがポーランドに侵攻し、英仏が宣戦布告し、第二次大戦が始まった。

 大島はこう振り返っている。

「ロシアの抑えをドイツは日本に期待した。だが、日本で同盟の話が進まず、これは出来ないとドイツは断念した。英仏との戦争を考えると、東の方を安泰にしておきたいドイツは背に腹は代えられなかった」

「独ソ不可侵条約はあり得ないと思っていた。防共協定違反ですから。抗議したが、それは秘密議定書にある条項であり、公表されていないから違反ではないというのがドイツの見解だった」

 独ソ不可侵条約は、日本に強い“反独感情”をもたらし、大島は大使を辞任し、東京に戻った。

 それから1年、スターマーが特使として突然やってきた。

条約案の骨子を書いた大島

 大島はその経緯を語っている。

「『日本は何を考えているか分からない。どんな風か見てきてくれ』とリッベントロップ外相に命じられスターマーはやってきた。条約を結びに来たのではなく成案もなかった。

 東京に着くと最初に私の家にやってきたので、松岡外相に電話をして会うようにした。

『スターマーが来る』という電報が届いた段階で私は松岡に呼ばれていた。松岡は同盟をやるつもりでおったから、今までのいきさつや、やるとしたらどんな形にしたらいいかなどと尋ねた。

 私が当時考えていたのは、ドイツにイギリスと一騎打ちをやらせたいということだった。ドイツがイギリスに勝つことは日本にとっても有利だ。それにはアメリカの参戦を阻止して、独英の一騎打ちをやらせたい。

 すると『それなら書いてくれ』と松岡に求められ条約案の骨子を書いた。条約にはそのまま私の文言が使われていた」

 スターマー派遣のそもそもの目的は、日本の反独感情を見極めることだった。ところが松岡外相と会うなり、前年には結論の出なかった懸案がきれいに解決したとして、たちまち軍事同盟が成立したのだ。しかも、条約案の骨子を書いた大島によれば、英独の一騎打ちをやらせるために、「アメリカの参戦を阻止すること」が三国同盟の狙いだった。だが、実際には、“対米開戦”を不可避にした“張本人”こそ、この三国同盟である。最優先の目的を果たせないほど杜撰な条約だったのだ。

 “交渉”の過程も、その名に値しないほど杜撰なものであった。

 交渉の当事者は、ドイツが特使のスターマーと駐日大使オイゲン・オット将軍の2人だけ。日本は外相の松岡ただ一人。場所は終始、東京・千駄ヶ谷の松岡の私邸で、通訳も交渉記録もない。

唖然とするほど杜撰な“交渉”

 この交渉の詳細は、大島も知らされていなかったようだ。

 ただ、大島はこう語っていた。

「ドイツが勝つという判断ですべてやっていました」

 前年始まった欧州の戦争は、ドイツが席巻していた。この年の6月にはフランスが降伏。残る敵はイギリスだけになっていた。「ドイツが勝つのはもう間違いない」との観測から、日本の雰囲気が大きく変わっていた。その結果、新たな問題が持ち上がった。「南洋群島」の領有権だ。

 第一次大戦の結果、日本が手に入れた領土で、南方の拠点として海軍が整備を進めていた。もともとは敗れたドイツの植民地で、「今度の戦争でドイツが勝てば返さなくてはいけない」との見方が強まっていた。

 政府内の手続きは、松岡の説明をもとに以下のように進んだ。

 9月10日の交渉で、松岡は、「南洋群島を日本に譲渡してほしい」と申し入れた。ドイツ側は「本国の見解を求める」との反応だった。

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source : 文藝春秋 2021年1月号

genre : ニュース 昭和史