感染爆発に苦闘する新型コロナ分科会・尾身茂会長のインタビュー。「菅首相は私に『GoToの意義』を熱く語りかけた」と明かす尾身会長が考える、今最善のコロナ対策とは。(聞き手・広野真嗣)
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▶︎今回の流行の実像は、大都市の10-50代が無症状のままウイルスを地方に運ぶ。飲食がドライビングフォースとなって、家庭や施設を経由して高齢者に伝播し、重症化していくというサイクル
▶︎問題の核心は、東京都の感染状況。首都圏から地方へ広がっている
▶︎「急所」を抑えることができれば、収束に向かわせることは可能。すべての外出や飲食店営業を控える必要はない
尾身氏
「初めての冬」をしのぐ
新型コロナウイルスの国内感染者第1号が確認されて1月15日で1年になります。
例年、医療提供体制が逼迫する年末年始を前に、政府は、観光支援策「GoToトラベル」を12月28日から1月11日にかけて全国一斉に停止すると決定しました。
東京などの大都市を中心に新規感染者数が高止まりし、ウイルスが広範に広がったところに、流行以来、「初めての冬」を迎え、気温が下がり、それぞれの店舗や職場といった建物内で換気が難しくなった。それだけでなく、私たちの行動など、さまざまな要素が相俟って、これまでにない規模で感染が拡大していました。
「経済」と「感染対策」という2つの道の両立に努めてきた政府は、年末年始という期間を活用して、「GoToトラベル」に、“休止符”を打ったのです。これは非常に重要なことでした。
ジャーナリズムからは「判断が遅れた」という批判が強まりました。ただ、私たちが申し上げてきたのは、「GoToトラベル」の事業そのものが感染拡大の主要な要因ではない一方、その継続は、ほかの強い感染対策と整合が取れず、国民に納得と協力を得られにくくなり、早期の沈静化につながらないということです。
今回、菅義偉首相は、専門家の提案より踏み込んだ強い決断をしました。明確なメッセージが打ち出されたことで国、自治体、国民が一体となって感染拡大に対処するにあたり、欠けていた大事なピースが埋まったことは紛れもない事実です。もちろん、もっと早い決断を望む声があったのは事実ですが、ようやく、「初めての冬」をしのぐための環境が整った点で、私は評価しています。
その経過について、私の立場で見た記録を残しておくことは、今後の対策で生きることがあるかも知れません。そう考えて今回、インタビューにお答えすることにしました。
専門家会議
沈静化のための「ハンマー」
11月から本格化した感染拡大は、政府に助言する私たち専門家にとっても、非常に難しい局面でした。それは2つのチャレンジに同時に直面していたからです。
一つは、国民との対話。多くの人たちが協力要請に応じてくださっている一方で、新型コロナへの慣れというよりは――私たち専門家のやり方にも問題があるのでしょう――要請に辟易し、協力に応じてもらえない人たちがいて、そこが伝播を許す要因の一つになっていました。
もう一つは、国と都道府県の足並みが、期待されているようには揃わなかったこと。私たち科学者の考えをどう届けたらよいのか。これはとても悩ましい問題でした。
この1年の経験で、今回の感染症は「病気」の側面と同じように、「社会問題」の側面も重要であることを改めて認識しました。
経済の問題、人権の問題、ベッド確保を含む医療提供体制の問題、人々の関心――こうした要素も見極めて局面ごとに何を優先するか。それを考えるのが公衆衛生という分野です。
政府への助言役として昨年2月に集められて以来、私たちは毎日、感染状況のデータを見つめ、その裏で起きていることを読み解いて対策案を煮詰め、提案してきました。
一方、その対策をどこまで採用するか(しないか)、法令を定め、どう予算を配るのか――これを決断するのは、政治家の領分です。
政治家と専門家の役割分担については、流行が始まって以来、互いに試行錯誤の繰り返しです。
私たち専門家は、政府からの諮問に答えるだけでは、役割を果たせないと思う時があります。感染増加を押し下げるため、政府に煙たがられることを厭わず、積極的に発言しなければいけない局面があるのです。今回は、正にそんな局面でした。
私たち分科会が感染拡大地域について「GoToトラベルの一部区域の除外」を最初に求めたのは、「全国一斉停止」を決断する1カ月前、11月20日のことです。
提言の2日前の18日には全国の1日あたりの新規感染者数が初めて2000人を超えるのですが、1カ月も経たない12月12日には、3000人を超えることになります。
提言を通じて私たち分科会は、感染拡大地域で酒を提供する飲食店への営業時間短縮要請(時短要請)を筆頭に、6項目にわたる対策メニューを提案しました。GoToトラベルの見直し(ステージⅢ地域の検討要請)はその3番目にあたるものです。
時短要請を1番目に挙げたのは、第2波で感染者が急増した大阪や名古屋の歓楽街において、ピンポイントで実行された対策として効果も実証されていたからです。
ただ、感染の急拡大を抑え込むにはこれだけでは足りず、複合的な対策を短期間に集中させることで感染者を一気に減らす「これまでより強い対策」が必要でした。
なにしろ感染が広がっている時期に人が動けば、ウイルスが運ばれやすくなります。時短要請をしているようなエリアなのに、補助金を出して「どうぞ旅行を」と促していたら、対策と対策の間に整合性がなく、人々に対して明確なメッセージになりません。
統一感のある施策が打ち出されることで、人々に納得され、協力が得られる。いくら専門家がメッセージを発しても国民の心に届き、行動に翻訳されなければ、感染状況は変えられません。
ステージⅢ相当の地域で一連の対策を実施し、感染を沈静化に向かわせる「ハンマー」として機能させるためには、GoToの一時停止は欠かせないものでした。
「私たちの考え」と書いた思い
この間の分科会では、菅首相が全国一斉停止の決断に至るまで3度の提言を出しますが、この最初の提言のタイトルは、悩んだ末に「私たちの考え」としました。
科学者が政府に対する提言にこんなソフトな標題をつけるのは異例だと思います。実は、私たち専門家は「人々にメッセージが伝わらない」という壁に直面していたのです。
東京都の新規感染者数を見ると、8月から9月にかけての第2波の下降局面では結局下がり切らず、10月1日に都がGoToに加わると、むしろ経済回復の道筋に世間の注目が集まるようになりました。いくら政府や私たちが発信しても下火に向かわせる端緒を得られず、東京の感染状況は改善しないまま、1カ月以上が過ぎていました。
このウイルスは、厄介な病気です。感染しても無症状の若い人々が動き回り、意図せずクラスターを起こし拡散する。高齢者施設や病院にウイルスが運ばれると、利用者から重症化する人が現れ、やがて死者がじわじわ増える。若い世代が意図せず感染の伝播に関与するのは、彼らが悪いのでは全くなくて、これはウイルスの特徴なのです。
ただ、科学者がこの真実をドライに語っても国民の心の琴線にはちっとも触れず、伝わらない。人々の行動に翻訳されない限りは、感染を下火にすることはできません。
感染リスクの高まるケースを紹介した「5つの場面」のイラストも、なかなか浸透しませんでした。わかりやすさを求めて感染予防へ興味を呼び込む工夫のつもりが、かえって項目の紹介だけに終わりがちで、深い議論になかなか行き着きませんでした。
生真面目に行動変容に応じてくれる多くの国民がいる一方、辟易している人、またはいくら言っても反応がない人もいます。私たちのやり方もまずかったのではないか、と思うこともありました。
「人々が辟易しているから」と限界を認めれば状況は動かなくなりますが、ならばその人たちの目線になればいい、と発想を変えました。
「上から目線」でなく、同じ地平に立つ生活者の言葉で語れば少しは心に届くかも知れない、届いてほしい、そう念じる気持ちが「私たちの考え」と書いた理由だったのです。
菅首相にとって、難しい決断になるということはわかっていました。
「私たちの考え」を提言したのは11月20日夕方の分科会ですが、その日、数時間前の参議院本会議では「今後も(GoToトラベルを)適切に運用していきたい」と答弁していました。
それでも、提言を受けた菅首相は翌21日に政府対策本部を開き、感染拡大地域を目的地とする旅行の新規予約停止を表明。24日には、札幌市と大阪市を「目的地とする旅行」について、GoToトラベルの対象から除外する、と決めました。
伝わらない焦り
都が要請を見送る
「出発地とする旅行」が抜け落ちてはいたものの、要請に踏み切った大阪府の吉村洋文知事と、北海道の鈴木直道知事、そして菅首相の迅速な決断に感謝しています。
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