1月6日、トランプ大統領(当時)の支持者の一部がアメリカの連邦議会議事堂に乱入した事件は衝撃的だった。大統領選挙の結果に納得しない支持者たちが暴徒と化して議事堂になだれこみ、4時間にわたって占拠する光景は映像を通して世界中の人々が目にすることとなった。
トランプ大統領の4年間を経て、アメリカの民主主義は危機を迎えている、との声も聞こえてくる。
また、アメリカはコロナ禍にも苦しんでいる。ワクチン接種は始まったものの、感染者は2500万人を超え、死亡者も40万人超と世界最大のコロナ感染国だ。
一方、アメリカと覇権を競う中国は、国家主義的な体制をいかした検査・隔離を実行することでコロナを制圧。各国の経済が停滞する中、早くもGDPで前年比プラスとなるなど世界での存在感を増している。
『銃・病原菌・鉄』『危機と人類』などの世界的ベストセラーで知られるジャレド・ダイアモンド博士はアメリカの民主主義の行方と中国の台頭をどう見るのだろうか。
<summary>
▶︎トランプ支持者による暴動は、突発的出来事ではなく、アメリカの長期的なトレンドの集大成だ
▶︎我々がコロナ禍から得た教訓は、「愚かになるな、目をつぶるな」
▶︎この先、中国がアメリカの地位と影響力を超える可能性はおそらくない
ジャレド・ダイアモンド博士
暴動は長期的なトレンドの集大成
いま振り返ると、トランプ支持派による暴動は危機一髪でした。暴徒は議会を乗っ取り、ナンシー・ペロシ下院議長など彼らが敵視する議員を殺害することさえ可能でした。
私はこの暴動を、突発的な出来事ではなく、アメリカの長期的なトレンドの集大成と見ています。予想外、想定外の出来事ではないのです。
アメリカはこの30年ほど、2極化し、寛容さを失ってきました。これは政治の世界だけの話ではありません。私の専門である学問の世界でも同じです。人類学者は他の人類学者に対して耳を傾けなくなり、地理学者は他の地理学者の意見を取り入れなくなりました。
また、これはアメリカだけの現象ではないようです。イギリスやイタリア、オーストラリアの友人に聞くと自分たちの国も不寛容になってきていると言います。おそらく、世界的な現象なのでしょう。そして、多くの場合そうであるように、不寛容さについてもアメリカが世界をリードしているのだと思います。
ただ、悲観的になる必要はありません。
私はピノチェトによるクーデターが起きる2、3年前、チリに住んでいたことがあります。しっかり統治されていた民主主義国家は数年で恐ろしい独裁主義国家に変わってしまいました。一方、インドネシアでは、ひどい独裁主義国家が一年ほどで驚くべき民主主義国家に変わるのを目の当たりにしました。
私はものごとを、用心深く、しかし楽観的にとらえる性質です。議事堂の占拠についても最初は落ち込みましたが、しばらくして、このことでアメリカがいい方向に向かうかもしれない、と思い始めました。
なぜならクレイジーで暴力的な人々は敗北するからです。現在のアメリカで彼らの議会の乗っ取りが成功することはありません。結果として、彼らの存在があぶり出され、彼らの敗北は可視化されました。
また、大統領選挙でトランプに代わる新しい大統領が誕生したことも、私を少し楽観的にさせます。
今回の議事堂への乱入も、少し長い期間でみれば、いい結果をもたらすかもしれません。不寛容の時代の“終わりの始まり”である可能性もあるからです。
議事堂を占拠したトランプ支持者たち
史上唯一の邪悪な大統領
この事件には、“アメリカの民主主義”が引き起こしたという一面もあります。
アメリカは自由奔放にふるまう民主主義国家で、これまでさまざまな経験をしてきました。我々は民主的ではありますが、自分たちの民主主義からいくつかのグループを排除してきた歴史があります。つまり、アメリカ先住民を大量に殺害してきたし、女性に参政権を与えませんでした。私が生きている間でも、アフリカ系アメリカ人に投票を許さない時期がありました。
アメリカ先住民やアフリカ系アメリカ人に対して何をしてきたかを振り返ると、白人同士の争いも起こりえるというのが歴史の教訓です。
トランプはこの混乱を扇動した疑いで2度目の弾劾訴追を受けました。多くの人は彼がアメリカ史上最悪の大統領であると感じていることでしょう。しかし、もっと重要なことはトランプがアメリカ史上、唯ひとりの“邪悪な”大統領であるということです。これまで“弱い”大統領は何人かいました。“アメリカ史上最も成功しなかった大統領”とも評されたウォーレン・ハーディング(第29代大統領)などです。
しかし、悪意ある破壊的な政策を意図的に採用した大統領というのは初めてです。さらに問題なのは、3億3000万人の紳士的なアメリカ人とたった1人の邪悪な男がいるのではないということです。7000万人が邪悪な男に投票したのです。
トランプ前大統領
表現の自由とは何か
私は選挙こそが民主主義の根幹をなすもので、未来を変え得る唯一の手段だと思っています。しかし、トランプは昨年の大統領選の選挙結果についてツイッターで「不正があった」「盗まれた」と主張し、さらに暴力を賛美するような投稿を繰り返しました。
議事堂がトランプ支持者に占拠された後、ツイッター社はトランプ大統領のアカウントを永久停止しました。さらなる暴力をあおる危険性がある、という理由です。
このことについて、これは言論の自由の否定である、トランプは間違っているが、アカウントの停止は民主主義の否定につながる、と憂慮する人もいるようです。
しかし、表現の自由というのは、誰もがいつでもどこでも好きな発言ができることを意味するのでしょうか。サッカースタジアムで一人の観客が立ち上がって「火事だー!」と叫び、逃げる観客が出口に殺到して圧死したらどうでしょう。こうしたことは許されません。表現の自由には制限があるのです。
ソーシャルメディアは表現の自由に制限を設けましたが、これは、アメリカで最もパワフルな政治家が「火事だ!」と叫んだとき、その発言がクレイジーな7000万人のフォロワーにフォローされるのを防いだということなのです。
こうした措置は決して行き過ぎたものではありません。ツイッター社の判断は遅すぎたくらいです。
トランプが選挙結果を否定し続けるのは精神病理上の問題だと思います。トランプはいかなる基準から判断しても精神的な病理を抱えています。現実の否定、性格にしみついている不正直さ。トランプが敗北宣言をしなかったことは私にとっては驚きではありません。トランプはトランプらしい行動をとったのです。
それよりも危険なのは、トランプの支持者たちも選挙を信用していないことです。半数近くの有権者が邪悪な政策を支持するというのは懸念すべきことです。
ヒトラーとトランプ
バイデン大統領が就任し、上院、下院とも民主党がコントロールしていると言っても、議会は不安定な状況にあります。
有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。
記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!
初回登録は初月300円
月額プラン
1ヶ月更新
1,200円/月
初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。
年額プラン
10,800円一括払い・1年更新
900円/月
1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き
有料会員になると…
日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!
- 最新記事が発売前に読める
- 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
- 編集長による記事解説ニュースレターを配信
- 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
- 電子版オリジナル記事が読める
source : 文藝春秋 2021年3月号