東京五輪、国民は望むのか

2人の女性メダリストが改めて開催の意義を問う

山口 香 筑波大学教授・日本オリンピック委員会(JOC)元理事
有森 裕子 元女子マラソン選手
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「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる」発言で辞任した森喜朗氏の後任として橋本聖子氏が東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長に就いた。長引くコロナ禍で開催も危ぶまれる中、東京五輪の“病巣”はどこにあるのか——。森体制に異論を唱えてきたソウル五輪女子柔道銅メダルの山口香筑波大学教授、バルセロナ五輪で女子マラソン銀メダルの有森裕子氏による緊急対談を敢行した。

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▶︎JOC新会長の「決め方」について、武藤敏郎事務総長は「透明性」を強調したが、8人の委員の名前すら3回目の委員会最終日まで正式には明かさず、議事も公開されなかった
▶︎せめて国民の50%以上が「五輪を見たい」という世論がある中でないと開催強行は不安を与えるだけの“お荷物”になりかねない
▶︎国民の現状がわかっていない。何が反発や怒りを買うのかもわからない。みんなの不安にどう寄り添い、語りかけるかを考えるスポークスマンが不在
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山口氏(左)と有森氏

東京五輪の“病巣”はどこにある?

 有森 橋本新会長は夏冬計7回も五輪出場経験をお持ちで、国際的な知名度も高い。政界やIOC(国際オリンピック委員会)ともパイプがあって場慣れもしているから、準備を指揮する条件を最も兼ね備えた人物だと思います。

 ただ、違和感もありました。引き継ぎを受ける森前会長とパイプがある橋本さんに白羽の矢が立つのは分かるのですが、後任の五輪相が、経験者だからって丸川珠代参議院議員になったのは、どうなのでしょうか。

 体制全体に“変化”が求められているのに、メディアが口を揃えて批判した森さんが糸を引いている――そう誤解を受けやすい。このまま残り5か月を乗り切らなければいけない、というあたりに現在の追い込まれた状況が表れています。

 山口 橋本さんの資質・能力は申し分ありません。とはいえ手放しで賛成するのではなく、「政治家であること」と「決め方」の2点は、踏まえておくべきポイントです。いざ問題が生じた時、「なぜこの人が選ばれたか」が必ず問われますからね。

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東京五輪組織委員会の前会長森喜朗氏と現会長橋本聖子氏

組織委員会は見せ方が下手

 山口 1点目の「政治家であること」は、五輪憲章が政治的中立を掲げていることにかかわります。橋本さんは会長就任後に自民党を離党しましたが、参議院議員の地位で会長職を続けることには、今後もややこしい問題へと発展する可能性がある。過去には、政治と距離を置くためにわざわざ日本オリンピック委員会(JOC)が文科省に近い日本体育協会(現・日本スポーツ協会)から独立した経緯もあるぐらいです。

 2点目が会長の「決め方」。武藤敏郎事務総長は「透明性」を強調して候補者検討委員会を立ち上げましたが、8人の委員の名前すら3回目の委員会最終日まで正式には明かさず、議事も公開されませんでした。

 有森 でも、急がないといけない中で、人事の議論を公開でというのは、逆にどうやって? という感じもします。公開なら当然、時間も費やすことになりかねないし。

 山口 確かに全公開は難しいとしても1回目の委員会の議題は「(求められる)資質」。公開して問題があります? ゼロか百かではなくて、議論があるなら一部でも公開して国民に熱量を伝えることもできたはず。「透明性」という割には非公開なので、「結局、出来レースだね」と国民は冷めたのではないか。本当は、出来レースでなかったとしてもね。

 橋本新会長による7年前の男性選手へのハラスメントの件も選出過程で検討しておくべきだったと思うんです。そうしておけば、万が一、選任後に異論が出た時も「いやいやこちらで検討しましたから」ということも言える。

 一体どんな話し合いをしたのか分かりませんが、委員会で「9人の候補の名が出た」という説明も却って信頼性に疑義ありです。この期に及んでそんなに名前が挙がるの?

 報道によれば1時間半で1人に絞られたそうですが、突っ込んだ議論をしていたらそんな短時間で終わるはずはないんです。情報を出し惜しんで、かえって疑惑を増幅させている。こうした「情報の出し方」や「見せ方」は、これまで失敗し続けてきた最大の弱点に見えます。

 有森 「見せ方が下手」というのは、本当にその通り。初動の発言が「それ覚悟を持って言った? やった?」と言いたくなることばかり。

 山口 私は、4年前に亡くなった元IOC委員の岡野俊一郎さん(元日本サッカー協会会長)が、「オリンピックというものは世界に窓を開けるということなんだ」と話されていたことが今も心に残っています。

 窓を開けている以上、何かが起きれば、世界中に筒抜けになるのです。森さんの女性蔑視発言への対応は、日本の五輪開催の「覚悟」が試される機会でした。謝罪会見のまずさもありますが、舞台が五輪の組織委員会でなければ、こんな大ごとにならずに収まっていたと思います。

 有森 確かにジェンダー平等を含むSDGsの理念を掲げる組織委員会のトップとしてあまりに無自覚でした。しかもあの場で誰もケアできないなんて。

 山口 世界に発信された時、森さんの発言以上に顰蹙を買ったのは、誰も否定しないどころか笑い声が出たこと。日本社会の象徴だ、と。

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国際社会では通用しない

 有森 しかも組織委員会が「不適切」とするコメントを発したのは発言4日後の2月7日ですよね。JOCの山下泰裕会長がこれに続いたのはさらに2日後の定例会見です。森発言の翌日のうちに、間髪入れずに組織委やJOCが対応することができていれば、少しは違った展開になったと思います。そこは本当に残念。

 山口 山下さんが「森さんの発言は不適切でした」って、いやいや止められなかったのも不適切!

 有森 結局、世の中の批判が強まったら「その通りです」って……全くもって順番も持って行き方も、あまりにもどうなんだという印象です。

 山口 これまで東京五輪は、「ロンドン型の先進国による都市型オリンピック」などと喧伝してきました。でも一連の対応で、その旗振り役の組織委員会こそが森会長という絶対的なトップのイエスマンで運営されている、実に前近代的で「日本型な組織」であると明らかになってしまいました。国内では通用しても、国際社会では通用しない。

 とりわけ問題だったな、と私が思うのは「組織の作り方」です。

 確かに、有森さんが言われた通り、今回は開幕まで時間がない。透明性を犠牲にしても、あの形で決めざるをえなかったことはわかるんです。

 でも、なんでそんなにいきなり追い込まれたか。「会長は理事会の互選で選ばれる」ので、理事会メンバーから次の会長を選出するのが一般的。しかし、実際には理事会メンバーの中には会長候補者となり得る人がいなかった。理事をそういう視点では選んでいなかったということになります。

 理事会は、会社で言えば方針を議決する「取締役会」にあたります。議決された方針に沿って業務が執行されるわけで、当たり前ですが会社の命運を左右する最高機関です。そんな重い責任を担っているという意識を持っている理事が、どれだけいたでしょうか。

 公益財団法人の場合には、理事といっても専任ではなくボランティア的な人が多いことも原因のひとつだと思います。

 今回に限らず、公益財団法人の定款では、会長を理事会の互選で決めるのが通例になっていましたが、いかにも日本的ですよね。事前に調整済みの候補を「異議なし」と追認するだけの互選ですから。

 本当は、立候補者を募って、候補者は「組織をこうしたい」と公約を掲げた議論をぶつけ合い、誰が優れたリーダーかを理事が自ら評価して投票で選ぶ。これが世界のスタンダードです。

 スポーツは、試合で競っても終了のホイッスルが鳴ればまた仲間。それを「五輪の素晴らしさ」として見せているのに、理事会で「議論をぶつけ合うと遺恨が残るから」というのはナンセンスです。「スポーツの祭典である五輪の組織委員会はスポーツのようにルールに則ってフェアに会長を選出した」みたいな発信ができなかったことは残念に感じます。

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山下JOC会長

IOCもとんでもない

 山口 これには私自身、後悔もあるんです。スポーツ庁は2年前、競技団体運営の指針「ガバナンスコード」を策定しました。日本ボクシング連盟の審判の不正やアメリカンフットボールの反則タックルなどを受けてのことです。

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source : 文藝春秋 2021年4月号

genre : ニュース 政治 オピニオン スポーツ