円安の背景には「仮面の黒字国」問題

日本経済の行方

唐鎌 大輔 みずほ銀行エコノミスト
ニュース 経済 マネー

 近刊『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』では「巨額の経常黒字を抱えているにもかかわらず、なぜ執拗な円安が進んでいるのか」という問題意識を軸に議論を展開した。経常収支が黒字という事実は居住者と非居住者の間で行われた経済取引(金融取引を除く)において、外貨の受取の方が支払よりも大きい状況を意味している。それは当該国の通貨に対する含意としては通貨安よりも通貨高を意味する状況だ。

 日本の経常黒字はどれほど大きいのか。例えば歴史的な資源高、円安そして各種部材の供給制約など、多くの緊急事態に見舞われた2022年を例に取っても経常収支は約+11.4兆円という黒字を記録している。これは世界的に見れば非常に大きい。2022年の経常収支をドル建て換算にした上で国際比較すると、激しい円安によってドル建てで目減りした同年ですら日本の黒字は世界で9番目に大きなものだった。ちなみに2023年になるとさらに大きく日本の経常収支黒字は約+1450億ドルで、世界で3番目である。日本は世界的な経常黒字大国といって差し支えない。しかし、2022年以降、日本が直面してきた現実は円全面安である。

経常収支は「キャッシュフロー」で

「巨額の経常収支黒字にもかかわらずなぜ円安が進むのか」。この点に関し、筆者はキャッシュフロー(以下CF)ベース経常収支で考えるべきという仮説を提示している。この考え方は2024年3月、神田眞人元財務官の下に発足した国際収支分析有識者会議でも、筆者からプレゼンさせて頂いている。以下、これを簡単に紹介したい。

画像はイメージです ©beauty_box/イメージマート

 具体的にどのように経常収支を読み解けば良いのか。ポイントは第一次所得収支の中身を深く見ることだ。日本の経常収支黒字の主柱は第一次所得収支黒字であり、この中身を探ることが経常黒字にまつわるCFを解き明かすことに繋がる。2023年を例に取った場合、経常黒字(+21兆3810億円)の中身は貿易収支が約▲6兆5009億円の赤字、サービス収支が▲2兆9158億円の赤字であるのに対し、第一次所得収支が約+34兆9240億円の黒字、第二次所得収支が▲4兆1263億円の赤字である。日本の経常黒字を考えることは第一次所得収支黒字を考えることに等しい。

 その第一次所得収支は投資収益と雇用者報酬から構成されるが、後者は殆ど無視できるほど小さい。2023年を例に取ると投資収益が+34兆9561億円の黒字であるのに対し、雇用者報酬は▲289億円の赤字だ。それゆえ、より大胆に言い換えれば、日本の「経常収支の黒字」を考えることは第一次所得収支黒字を構成する「投資収益の黒字」を考えることに等しい。こうした傾向は近年に限ったことではない。日本の経常収支は2011年以降、基本的に第一次所得収支によって黒字が維持されている。もはや日本は財を売って外貨を稼ぐという「貿易」ではなく、過去の「投資」のあがりによって外貨を稼ぐという段階に移っている。いわゆる「成熟した債権国」というやつだ。

戻らぬ投資収益の実情

 日本の経常黒字の正体が投資収益であることは確認した。CFベース経常収支を考える上では、この投資収益が本当に日本に戻ってくるのかという点だ。結論から言えば、かなりの部分が戻ってきていないと筆者は考えている。第一次所得収支は証券投資収益、直接投資収益、その他投資収益の3項目から構成される。このうち証券投資収益における海外の債券や株式から発生する利子や配当金は殆どの部分が複利の効果を企図して外貨のまま再投資されている疑いが強い。また、直接投資収益における日本企業の海外子会社の内部留保は再投資収益と呼ばれるが、これも文字通り、外貨のまま再投資されている(これは疑いではなく定義上、そうだ)。第一次所得収支黒字を基軸とする日本の経常黒字を為替需給という観点から分析したければ、これらの「戻ってこない外貨」は控除する必要がある。

 紙幅の関係上、詳細な計算過程は省くが、2022年のCFベース経常収支は過去最高水準の赤字を記録しており、2023年も改善こそしたものの、やはり赤字だった。だからこそあれほどの円安が起きたのではないかと筆者は疑っている。具体的にはCFべース経常収支は2022年で約▲9.8兆円、2023年で▲1.3兆円の赤字であった。ちなみに統計上はそれぞれ約+11.4兆円、約+21.4兆円の黒字だ。後者に至っては過去最高水準の黒字であることが報道で取りざたされた。2022年以降、今なお続いている円安相場の底流にはCFベース経常収支赤字が示すように、「円を売りたい人の方が多い」という需給に関するシンプルな事実があったのではないか。

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source : ノンフィクション出版 2025年の論点

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