赤坂の料亭で高橋治之は机を叩き、激高した
ヒタヒタと迫る捜査の包囲網
「そろそろ竹田を楽にしてやるか」
紳士服大手の「AOKIホールディングス」に続き、出版大手の「KADOKAWA」のトップも逮捕され、底なしの様相を呈してきた東京五輪を巡る汚職事件。捜査を担う東京地検特捜部の内部では、そんな言葉が囁かれているという。
竹田とは、JOC前会長で、東京五輪の大会組織委員会の副会長だった竹田恒和氏のことを指す。旧皇族の竹田家に生まれ、父は、「スポーツの宮様」と呼ばれた元IOC委員である。そんな由緒ある出自でありながら、竹田氏は、東京五輪招致でフランス司法当局の捜査対象になり、大会前に辞任に追い込まれた。そのうえ、今回の疑惑の中心人物である元組織委員会理事の高橋治之氏の逮捕に関連し、特捜部の参考人聴取を受けるなど、ヒタヒタと迫る捜査の包囲網は竹田氏にも及んでいる。
支出総額1兆4238億円という空前の巨費が投じられた東京五輪。収入面では、大会の組織委員会は、それまでの「一業種一社」の原則を撤廃し、「東京方式」を採用。国内スポンサーの68社から実に3761億円を集めた。
スポンサー企業は上位の「ゴールドパートナー」、それに次ぐ「オフィシャルパートナー」、そして「オフィシャルサポーター」の3つに分類され、マーケティング専任代理店に指名された「電通」が、販売協力代理店の「ADK」や「大広」などの協力を得て契約獲得を目指してきた。スポンサー各社は契約を結ぶことで有形無形の恩恵を受けたが、今回の事件は、その舞台裏で不明朗なカネが飛び交う実態を炙り出した。
これまで地検特捜部は、オフィシャルサポーターだったAOKIを入り口に、高橋氏を起点とした贈収賄の解明を進めて来た。
そこで浮かび上がったのが「慶應人脈」だ。
特捜の次の一手は
「8歳の頃から知っている」
高橋氏は1944年に東京で生まれているが、翌年、父親の出身地である長崎県平戸島に疎開。そこで生まれたのが、1歳違いの弟で、“バブルの帝王”と呼ばれた治則氏(故人)である。一家はその後、東京に移住し、高橋氏は慶應幼稚舎から慶應大法学部へと進学。67年に電通に入社し、スポーツ事業で華々しい実績を残した。そして2009年に専務で退職して以降も、スポーツビジネスに絶大なる影響力を持っていた。
「高橋氏は3歳年下の竹田氏とも慶應人脈で繋がっており、『8歳の頃から知っている』と話していました。幼い頃から兄貴分だった高橋氏と竹田氏との関係はずっと変わらず、2人が会合で同席する際には、たとえ竹田氏がJOCの会長として招かれたとしても、竹田氏は高橋氏が来るまで上座に座ることはありません。高橋氏が来て、『カズがそっちに座れよ』と言われて初めて上座に座るのです」(2人を知る関係者)
竹田氏を含む、高橋氏の慶應人脈は、彼のビジネスの要諦を成し、今回の事件にも随所に登場する。
まずAOKIルート。高橋氏は日本ゴルフ協会のアドバイザリーボードのメンバーであり、ゴルフを通じてAOKIの創業者で前会長の青木拡憲氏と知り合い、以前からゴルフ事業の相談に乗る間柄だった。
そして17年9月に自ら経営するコンサルタント会社「コモンズ」でAOKIと顧問契約。便宜を図った見返りに総額5100万円の賄賂を受け取ったとして逮捕されたが、疑惑の金はそれだけではない。司法記者が語る。
「逮捕容疑となった金とは別に、AOKIから電通の子会社(当時)を通じ、2億3000万円が高橋氏側にわたっていました。高橋氏は特捜部の調べに、『09年から青木さんの相談に乗ってきたが、コンサルの未払い報酬分があった。その未払い分をお礼として受け取る話を、電通子会社の社長がAOKI側と纏めてくれた』と説明。2億3000万円のうち数千万円はAOKI側の『競技団体に寄付して欲しい』という意向に沿う形で、日本馬術連盟と日本セーリング連盟に拠出した。残りの1億5000万円を高橋氏が受け取りました」
実は、ここで出てくる電通子会社の元社長(故人)は、高橋氏とは慶應幼稚舎時代からの同級生で、高橋氏とともに電通に入社した刎頸の友といっていい存在だった。
さらに高橋氏が支出先に日本馬術連盟と日本セーリング連盟を選んだのには深い理由があった。
高橋氏
ADKと大広ルート
日本馬術連盟は、72年のミュンヘン五輪などで日本代表選手だった竹田氏が現在も副会長を務めている。そして高橋氏もまた、馬術連盟の東京五輪対策プロジェクト委員だった。
「馬術連盟にはADKを通じて資金が流れています。ADKは、高橋氏に13年から21年まで月額50万円のコンサル料を支払っており、それ以外の経費負担も含め、ある意味で高橋氏の財布代わりだった。高橋氏のお陰で東京五輪の販売協力代理店にも選ばれた。ADKはオフィシャルサポーターとなった駐車場大手の『パーク24』の契約にも関わっていますが、パーク24の社外取締役を務めているのが竹田氏です」(同前)
竹田氏は、パーク24の創業者、西川清社長(故人)に対して、慶大馬術部の同期だった社台ファーム代表、吉田照哉氏を紹介。西川氏が馬主になるきっかけを作ったとして関係を深めた。
ADKと五輪ビジネスを結んだ人脈には、東京五輪の大会組織委員会の会長だった森喜朗元首相の元側近もいる。それが元参議院議員の小林温氏である。小林氏が語る。
「ADKの元五輪担当者は、彼の奥さんが自民党の野田聖子さんの実妹だということもあり、以前から親しくしていた。また私もADKの顧問を務めた時期があり、五輪やIR(カジノを含む統合リゾート)に関連する仕事をしていました。ただ、高橋さんとは面識があるだけでスポンサーの選定などには一切関わっていません。大人数の会食の席で、ADKの五輪担当の元幹部や森先生とご一緒したことはありますが、私が引き合わせた訳ではない」
小林氏は五輪招致に関わったセガサミーの顧問もつとめ、同社の元社外取締役で現KADOKAWA社長の夏野剛氏とも親しい。森元首相も交えて会食する仲だったとされる。
「もともと夏野氏はお父様が石川県出身で、本人も大学時代から森先生の“学生会”に入っていた間柄。私が紹介した訳ではなく、家族ぐるみの付き合いのなかで私も一緒に会っただけで、仕事とは関係ない」(同前)
一方、AOKIからセーリング連盟への寄付に関わったのは、博報堂傘下にある大広だ。かねてセーリング連盟の活動を支援してきた大広もまた、高橋氏の口添えによって五輪の販売協力代理店に選ばれている。
大広ルートの人脈の起点とみられるのが、13年から大広の特別顧問を務める実業家H氏である。高橋氏とは慶應高校からの親友で、高橋氏の妻が代表のファミリー企業の役員も務めるなど、高橋兄弟とは昵懇の仲だった。そのH氏が語る。
「確かに、私は高橋君の親友中の親友だと思います。彼が逮捕される前日も一緒に飲んでいて、『明日も(検察に)呼ばれている』と言っていたので、心配していました。彼は能力もあるし、友達を大切にする男。私は高校から慶應で、アイスホッケー部のマネージャーを大学まで7年間やったのですが、同じアイスホッケー部員だったのが竹田氏の次兄。彼を通じて高橋君とは非常に親しくなりました。高橋君は大学時代、アイスホッケーの同好会をやっていましたしね。彼の弟とはビジネスで付き合いがあり、二信組事件当時は私も特捜部にも呼ばれました。ただ、今回のことがあって改めて調べてみると、付き合いは長いのに、私は高橋君とは仕事上での金銭のやり取りが一切なかった。だから、私は特捜部から事情を聴かれてもいません」
このH氏は、セーリング連盟の名誉会長の河野博文氏と関係が深く、2人とも、警備大手「セコム」社外取締役を務めている。さらに大広の顧客で、東京五輪のオフィシャルサポーターになった語学教育「ECC」の役員とも近い。
「私が大広の特別顧問になったのは、私の会社が入るビルのエレベータで大広の幹部と顔見知りになったのがきっかけ。彼とゴルフの話で意気投合し、顧問を打診されたのです。セーリングの河野氏とは若い頃からの友人で、(高橋氏には)友達として紹介しただけです。私が仕事で何かの仲介をしたということはないですし、他にも多くの人を紹介していますが、私は繋ぎ役に過ぎません」(同前)
地検特捜部は、高橋氏を中心にして重層的に築かれた人脈を読み解きながら、さらに捜査を続けている。
地検関係者が明かす。
「地方から応援検事も多数入って、東京五輪の国内スポンサー企業68社すべてを調べようとしている。さらに組織委員会のトップだった森元首相への参考人聴取だけでなく、現役の政治家も任意で聴取を行なっている。押収した資料やメール、そして通信履歴などを解析していくなかで、10数カ所にわたって『MOK』なる文字が見つかっている。“M”が“OK”を出すということは、すなわちトップの森元首相にも報告が上がっているということを指すとみられる。そうした報告ラインも含めて精査している」
森氏
仏当局が調べる贈収賄疑惑
捜査の焦点は、大会スポンサーをめぐる疑惑だけにとどまらない。フランス司法当局がかねてより調べている招致に関する贈収賄疑惑にも、改めて注目が集まっている。
「フランス当局から捜査共助を要請された特捜部は17年に竹田氏ら複数の招致関係者の嘱託尋問を実施。その後、18年12月から始まった予審判事による贈賄容疑の捜査では、フランスで弁護士立会いのもと、竹田氏の聴取も行なわれた。特捜部は今後もフランス側から要請があれば、捜査に協力する方向です」(同前)
東京五輪招致を巡る贈収賄の構図が表面化したのは15年、ロシアのドーピング疑惑が発端である。陸上選手のドーピングが国家ぐるみで行なわれるなかで、国際陸連の会長だったラミン・ディアク氏(故人)が賄賂を受け取り、揉み消しを図った疑惑が浮上する。フランス当局が捜査に乗り出し、ラミン氏を逮捕した。
また世界反ドーピング機関も詳細な調査を実施し、報告書を公表。そこには、日本がラミン氏の求めに応じて資金提供を行ない、五輪開催を勝ち取ったことが示唆されていた。
さらにフランス司法当局は、彼の息子で、国際陸連のマーケティングコンサルタントだったパパマッサタ・ディアク氏を国際指名手配。その動きを掴んだ英紙が、16年5月に東京五輪招致の“買収疑惑”を報じ、日本中に衝撃が走ったのだ。
「IOC総会で開催地が決定した13年9月の前後、2回に分けて、東京五輪の招致委員会は、約2億3000万円をシンガポールのコンサル会社『ブラック・タイディングス』(以下、BT社)代表の口座に振り込んでいた。BT社の代表はパパマッサタ氏の知人で、彼の口座はロシアの女性マラソン選手のドーピング隠蔽の際にも使われていた。当時招致委員会の理事長だった竹田氏はBT社との契約書にサイン。結果的に東京から振り込まれた金はラミン氏周辺への買収工作の資金だったことが判明したのです」(全国紙社会部記者)
このディアク親子こそ、日本の五輪招致のキーマンだった。
セネガル出身で、ダカール市長も務めたラミン氏は99年から16年間にわたり国際陸連のトップに君臨。大物IОC委員の一人として、開催地決定の鍵を握るアフリカ票に絶大な影響力を持つとされた。
「アフリカ人を買収しなくては」
16年五輪の招致失敗から20年五輪へと続く長い招致活動で、大きな謎とされたのが「一般財団法人嘉納治五郎記念国際スポーツ研究・交流センター」(以下、嘉納財団)なる団体だ。
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source : 文藝春秋 2022年11月号