3月4日(木)、文藝春秋カンファレンス「業務効率化総点検2021 さよなら、ムリ・ムダ・ムラのトラディション」がオンライン開催された。
このイベントでは、これまでの非効率な慣習を抜本的に見直し、それらをなぜ変えなければならないのか、どのように変えていくのか、変わることで何を実現したいのかについて検証し、効率化へのアプローチとその定着に向けた最適解、さらにその先にある新たな価値を創造する未来について、実践者やプロフェッショナルの講演を通じ考察が行われた。
◆基調講演
「シン・ニホン AI×データ時代における日本の再生と人の生き方」
冒頭を飾る基調講演を行ったのは、大学教授とIT企業幹部の要職を務めつつ、内閣府、外務省、首相官邸他、政府の組織する数多くの公的会議の委員にも就く安宅和人氏。
慶應義塾大学 環境情報学部教授
ヤフー株式会社 CSO(チーフストラテジーオフィサー)
安宅 和人氏
『シン・ニホン』『イシューからはじめよ』などの啓蒙的な著書でも知られる多忙な安宅氏は、ここ数年で、200~300回は講演の依頼を断ってきたという。それだけに、今回はその肉声に触れることができる貴重な機会となった。
テスラの株価の時価総額がトヨタの約3倍に達した事実に象徴されるように、現代は規模が富へとつながらない時代。そこで、安宅氏は、「未来=夢×技術×デザイン」という方程式を唱える。つまり、目に見えない価値をいかにして生み出すかが大事なのだ。
日本経済の問題点としては、才能と情熱の多くが解き放たれていないことを指摘。女性やシニアといった層の利活用、そして人材育成が十分に行われていないと憂慮した。
視聴者からの質問に答える安宅さん
その他、AIに関する誤解、Withコロナ視点で必要とされる取り組み、生産性の定義など、ヒントに満ちた提言が満載の講演となった。
◆テーマ講演Ⅰ
「Salesforceを支えるバックオフィスのDX事例」
株式会社セールスフォース・ドットコムは、企業や団体がすべての部署において顧客一人一人の情報を一元的に共有することができる統合CRMプラットフォーム、Salesforce Customer360を提供している。同社のファイナンスの現場において、いかにDXが駆使されているかを、財務部門の責任者である三牧宏行氏自らが説明した。
株式会社セールスフォース・ドットコム
常務執行役員 財務本部長
三牧宏行氏
同社では、見積から請求書発行までのプロセスを、Salesforceによってセルフサービス化。シームレスなオペレーションを実現している。ただし、仕組みを作るだけではDXは実現できず、さまざまな課題と取り組みが必要だったという。e-ラーニングによる営業の自己学習、電子署名の推進、そして自己解決力アップのシステム構築が図られた。
コアバリューについて語る三牧さん
持続可能性のある事業運営とDXは車の両輪であると三牧氏。今後も、セールスフォースの提供による効率化、法令遵守の強化、人材配置の最適化を通じ、さまざまな会社の成長を支えていきたいと語って、セッションを締めくくった。
◆特別講演Ⅰ
「リモート社会とコミュニケーション力
~人と仕事が動き出す、新時代のビジネス・コミュニケーションの考察~」
累計260万部を記録した『声に出して読みたい日本語』シリーズを始めとする数々のベストセラーを世に送り出し、さまざまなテレビ番組にも出演する齋藤孝氏は、コロナ禍を経た今こそ求められるコミュニケーションのあり方を熱く説いた。
明治大学 文学部教授 齋藤孝氏
話すことに慣れていない人の話は、話す方も聞く方も1分が限界とされる。ゆえに、その内容はポイントを最大3つに絞ることが肝要。「話す」と「聞く」を徹底的に極めれば、FCバルセロナのように華麗な会話のパス回しができるようになるという。そのために、会議の際にもストップウォッチを使用して自らの発言時間を計ることが勧められた。
リモートでのコミュニケーションにおいては、対面より8割増しぐらいのオーバーなリアクションを返すべしと提案。また、ZOOMなどで本題に入る前に、ちょっとした雑談で場を温めることの効用も強調した。そのためには、自分が好きなあらゆる対象を一枚の紙に書き出す「偏愛マップ」を作ることも役立つのだそう。
リモート時代のコミュニケーションについて、熱く語る齋藤さん
対話の大切さがクローズアップされる今こそ、まさに必要とされる講演であった。
◆テーマ講演Ⅱ
「オンライン時代の従業員教育のポイントと企業研修の今後」
坂野亜希子氏は、B to B向けのクラウドサービスの開発および提供を行う株式会社スタディストにおいて、人事部部長の重責を担う。2010年の設立以来、事業規模を拡大し続ける同社の人材育成法を紹介しながら、これからの従業員教育、企業研修のあり方を語った。
株式会社スタディスト
人事部部長
坂野亜希子氏
現在、この分野において、従来型の手法は限界を迎えている。OJTでは人により言うことが違い、研修で教えたことはすぐに忘れられてしまう。そこで有用なのが、ビジュアルベースの標準作業手順書。また、授業を受けてから宿題で確認する学校教育型の通常学習よりも、予習してから実践して習得する反転学習の方が、知識定着率が高いとされる。
これらの理論を具体化したプラットフォームが、スタディストの提供する「Teachme Biz」である。ビジュアルで分かりやすく、更新も共有もボタンひとつで行うことができ、タブレットやスマホでの利用が可能。
Teachme Bizがもたらす変化と成果について語る坂野さん
現在、Teachme Bizはさまざまな業種の企業に導入され、経費削減、負荷削減、そして研修の短期化などにおいて成果を上げている。コロナ禍に見舞われた現在、人材教育におけるシフトチェンジが求められると実感させられた。
◆テーマ講演Ⅲ
「テレワークの真の課題は『個人』の仕事が『相互』に関係すること
分散する組織で仕事が明快に進むワークマネジメントとは何か?」
田村元氏は、25年以上にわたりビジネスアプリケーションを通じて企業のパフォーマンス向上に従事。SAPジャパンや日本マイクロソフトを経て、2019年より現職を務める。
Asana Japan株式会社
代表取締役ゼネラルマネージャー
田村元氏
コロナの状況下、世界的に仕事の生産性は低下しているという。テレワークによって知らぬうちに他のスタッフと重複した仕事を行い、必要のない会議やビデオ通話が増え、そして残業も長くなる。そして、メールやチャットなどのコミュニケーション手段が増えたことにより、それらへの対応に煩わされることも多くなった。
ワークマネジメントの進めるべき理由について語る田村さん
Asanaは、チームにおけるタスクとプロジェクトを的確に管理するワークマネジメントツール。状況の共有や期限の厳守などに役立つ。社内外の各スタッフというピースが複雑につながり合った「分散ワーク」を整理し、作業を効率的に進めることができるのだ。そして、個人ごとのタスクから社全体のミッションまでを一気通貫して共有化・可視化させる。Asanaは、国内において有償版が2,000アカウントに、無償版が26,500アカウントに利用されている。今後、その存在感はますます大きくなりそうだ。
◆特別講演Ⅱ
「ヒューマナイジング・ストラテジー
-効率性と創造性を両立する、人間中心経営への回帰」
野中郁次郎氏は、知識創造理論の提唱者であり、ナレッジ・マネジメントの世界的権威として名高く、米経済紙による「最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」にアジアから唯一選出された経歴を持つ。
一橋大学 名誉教授 野中郁次郎氏
野中氏の提唱する「SECIモデル」は、共同化(Socialization)→表出化(Externalization)→連結化(Combination)→内面化(Internalization)という暗黙知と形式知の相互変換プロセスによって、スピーディかつ機動的にイノベーションを起こす組織的知識創造の一般原理。世界で初めて知識創造理論を経営に取り入れた製薬会社エーザイではSECIモデルの組織的実践により認知症治療薬の開発に成果を上げているという。
野中氏はSECIモデルの最初の起点となる共同化における相互主観性(共感)の重要性を強調。同時に共感を安易な妥協や忖度に陥らずイノベーションにつなげるためには、異質な者同士が共感を媒介に率直に対話する知的コンバットによって、鮮烈なアイデアが創出され新たな価値が創出されると語った。ビジネスにおける成功例として、ホンダの本田宗一郎と藤沢武夫、アップルのスティーヴ・ジョブズとスティーヴ・ウォズニアックといった「クリエイティブ・ペア」の存在を挙げた。
効率性と創造性の両立について説く野中教授
これからの経営は、「あれかこれか」の二項対立から「あれもこれも」の二項動態的思考が求められるという。ゆえに、徹底的な実践における反省を通じて物事の本質について考え抜くことによって、一見相反しているように見える理想と現実、効率性と創造性などをバランスさせることができると説いた。賢者による金言が満載の時間となった。
2021年3月4日 文藝春秋にて開催 写真/深野未季、今井知佑
source : 文藝春秋 メディア事業局