文藝春秋トータルエクスペリエンスカンファレンス「『接点』を制する者が『ビジネス』を制す 最強の体験(エクスペリエンス)がもたらす『意味』そして『価値』」が4月26日(月)、オンラインで開催された。
デジタル化が進む顧客接点から得られるデータを駆使し、優れたカスタマーエクスペリエンス(顧客体験)を提供することはビジネス成長のカギを握っている。カンファレンスでは、顧客満足度を高める顧客体験のあり方、顧客接点のデジタルソリューション、そして「接点」に関わる知見が紹介された。
◆基調講演
「顧客経験(カスタマーエクスペリエンス)の本質を探る」
~CSI診断から探るサービスエクセレンス~
青山学院大学経営学部マーケティング学科教授
小野 譲司氏
冒頭の基調講演では、サービスマーケティングが専門の青山学院大学経営学部教授の小野譲司氏が、研究者から見たカスタマー・エクスペリエンス(顧客経験)について語った。
小野氏は、顧客経験と言うと、その場の感情的反応が注目されがちだが、1人の黙食より会食の方が食事をおいしく感じるといった社会的反応、行列待ちの客がメニューを渡してもらい、前もって注文を考えることで、待ち時間を短く感じられるようになるといった非合理的な認知反応にも留意すべきだと指摘。デジタルで顧客データが自動的に集め、顧客経験をマネジメントできるようになった企業は、各部署が持つ顧客接点を横断的に見通し、顧客経験をトータルに見ることが重要、と述べた。
また、サービスの品質やコストパフォーマンスが及ぼす顧客満足度への影響、顧客満足度と顧客ロイヤリティ(企業やブランドへの信頼・愛着)との関係などを総合的にモデル化した顧客満足度指標、JCSI(日本版顧客満足度指数)に開発段階から関わる小野氏は、毎年約400社を対象に収集してきたJCSIのデータを使って「とらえどころのない概念でもある顧客経験」を可視化。家電量販店やホームセンターは知覚価値(コストパフォーマンス)、百貨店や教育サービスでは知覚品質(品質の良し悪し)の顧客満足度への影響が強く、顧客満足度を高める有効な戦略は、業種や顧客層によって異なると説明。
「やみくもにサービス品質を上げても、顧客経験が良くなるとは限らない。ポイントを押さえ、顧客経験を最適化することが重要」と強調した。
◆テーマ講演(1)
「これからの顧客体験を考える」
~ 不確実さを増すデジタル時代のCX戦略 ~
セールスフォース・ドットコム
マーケティング本部プロダクトマーケティングマネージャー
大竹 絢子氏
企業のCRM(顧客管理)戦略やコンタクトセンターのデジタル変革を支援してきたセールスフォース・ドットコムの大竹絢子氏は、不確かな時代に確かな情報を届ける体制を構築して顧客ロイヤリティを向上させるため、Salesforce Service Cloudができることについて紹介した。
デジタル化が進展した時代の消費者は、1対nの関係のマスメディアから得る情報に代わり、インターネット上のn対nの関係を通じて自分に必要な情報を選択して受け取れるようになった。さらに、コロナ感染防止のために対面接触が制限されたことも手伝い、顧客は欲しいものがあると、スマートフォンによる検索やSNSから情報を収集する傾向をますます強めている。
企業側もコロナ禍が拡大した昨年2月から6月までの間、顧客に送るメッセージを6倍に増やした。一方で、商談のオンライン化も含め、デジタル化が急速に進んだことで、困難を感じる企業も全体の87%に達している。
そんな企業を支援するのがCRMシステムのSalesforce Service Cloudだ。このシステムは、デジタルの顧客接点から収集した情報を、顧客にひも付けて1カ所に集約して常に更新することで、最新の情報を共有可能にする。
集約された顧客情報は、部署にかかわらず、どこからでも閲覧できるので、従業員同士が協力し合って、顧客に合わせてパーソナライズした情報を、一貫した形で提供することができる。
大竹氏は「集約された顧客情報は、部門にかかわらず、どこからでも 必要なだけ 閲覧できるので、従業員同士が 顧客を中心に 協力し合って、パーソナライズした情報を、一貫した形で提供することができる」と訴えた。
◆特別講演(1)
「デジタルからリアルへ」
~新たな顧客価値創造への挑戦~
カインズ 代表取締役社長
高家 正行氏
ホームセンター、カインズの高家正行氏は、企業変革の中で取り組みを進めている同社の中期経営計画「PROJECT KINDNESS」で、目指している将来の顧客価値・体験のあり方について語った。
ベイシアグループに所属するカインズは、ホームセンター草創期の1978年にスーパー「いせや」(現ベイシア)の1部門として設立。2007年のSPA(製造小売業)宣言以後、オリジナル商品を充実させる路線に舵を切り、ホームセンター業界の市場規模が横ばいを続ける中でも着実に成長してきた。
「PROJECT KINDNESS」は、デジタル戦略推進や、未来のリアル店舗空間作りなどを掲げる。デジタル戦略では、広い店内で商品を探すわずらわしさを解消し、顧客にストレスなく買い物してもらうため、目的の商品を検索すると売り場を表示するアプリ機能や、店内を案内するロボットを導入。より良い暮らしの手がかりを紹介する記事や動画などのオンラインメディア運営にも取り組んできた。また、郊外大型店の10分の1サイズのショップの都市型新業態店舗の展開や、建築業関連のwプロ向け卸売などの新業態にも進出して顧客層を広げる。
高家氏は「消費者の価値観が、自分らしさや、モノよりコトを重視する方向へ変わり、小売業が、顧客の望みを実現するコト売りへシフトする必要がある。これからの顧客価値は、提供するものではなく、共創するものになる」と強調。カインズが、地元商店や地域コミュニティと組むためのハブとなって、人々をつなぐ「くみまちモール」も始めた。「くらしに安心を与え、日常を楽しくし、人々の人生をDIYする価値を共創していきたい」と語った。
◆テーマ講演(2)
「~金融・EC・実店舗の顧客接点はどう変わる?~」
事例に見るオンライン接客体験の最前線と生存戦略
Nota代表取締役/CEO
洛西 一周氏
高校時代に開発したスクラップブックソフト「紙copi」が3億円を売り上げ、渡米後にシリコンバレーで起業。世界トップシェアのスクリーンショット共有ソフト「Gyazo(ギャゾー)」などを展開するNota社のCEOを務める洛西一周氏は「人口減少が続く国内市場は、新規顧客の獲得以上に既存顧客のリピート化が重要」と指摘。労働人口も不足する中で、デジタル顧客接点の改善を訴えた。
リピート客からの売上げを最大化するには、顧客の離脱(チャーン)を防いで購買継続期間を延ばしつつ、リピート購入や、自社の他製品を売るクロスセル、付帯サービスに加入してもらうアップセルを増やし、ライフタイムバリュー(LTV、1顧客当たりの生涯平均単価)を高める必要がある。
電話やメールといった有人のカスタマーサポートに頼ると、つながらない、たらい回しにされたといった負の顧客体験による離脱が起きやすくなる。したがって、無人のデジタル顧客接点の活用とその改善が顧客の離脱を防ぐカギになる。
無人のデジタル顧客接点の1つに、FAQ(よくある質問)サイトがある。問い合わせをする顧客の多くは、事前にFAQサイトをチェックするが、回答にたどりつけない。
そこで、Notaの検索型FAQシステム「Helpfeel(ヘルプフィール)」は、独自の「意図予測検索」技術により、人によって表現が異なる検索ワードの意図を的確に予測。検索ヒット率を98%まで劇的に向上させ、顧客が問題を自己解決できるように支援する。
FAQ以外にも、サイト内の商品・サービスの検索にも活用でき、検索ワードから顧客ニーズをつかんで最適な商品を提案するコンシェルジュになる。既に銀行やカラオケ店など幅広い業種に導入されているHelpfeelについて、洛西氏は「デジタル顧客接点を革新できる」とアピールした。
◆テーマ講演(3)
「ビジネスはデジタル伝達力で加速する」
~ モノとコトをデジタルで同梱する方法 ~
Contentserv代表取締役
渡辺 信明氏
コロナ禍での非対面ニーズの高まりを受けて、BtoCに限らずBtoB領域でもデジタルチャネルでの販売が急伸した。一方で、ECサイトを立ち上げたが、期待した成果が出ていないという声も多い。商品情報管理システム (PIM) を提供するContentserv(コンテントサーブ)の渡辺信明氏は、商品の価値や魅力を顧客に正しく伝えるは「より文脈的なコンテンツ提供が不可欠」と訴えた。
従来型ビジネスでは、顧客接点に介在する営業担当や店舗スタッフが顧客に合わせて商品情報をキュレーションしてきたが、ECサイトのようなデジタル接点で商品情報のパーソナライズを実現できている企業は少ない。寸法などの仕様情報、販促コピー、画像や動画などのデータが社内でバラバラに管理され全く統制がとれていない状態では、コンテンツのパーソナライズは極めて困難と言える。
たとえば、電動ドリルのユーザーには、建築業者もいれば、自動車整備士もいる。同じ商材であっても、顧客の役割や立場に応じた適切な情報をオンラインで届けられれば、購入までの心理的障壁は大きく下がる。渡辺氏は「これからのデジタルビジネスにおいては、商品情報は商品の一部であると認識することが重要。顧客に最適化した文脈的な商品情報の提供は、顧客体験の向上に必須だ」と話す。
その仕組みを構築するのが、同社の商品情報管理システム「Contentserv」だ。顧客のペルソナに合わせて、最適な商品情報と画像や動画などのデジタルアセットを管理できるだけでなく、複数部門が関わる商品コンテンツの制作、承認のプロセスをワークフローとして一元管理。さらに、マーケットプレイスごとに異なる画像解像度や文字数などの規格に合わせ、コンテンツを自動変換する機能もあり、顧客接点に最適化されたコンテンツをリアルタイムで配信できる。渡辺氏は「モノとしての商品にリッチなコンテンツをバンドリングすることにより、製造業のサービス化やモノ売りからコト売りへといった事業変革へと繋げていくことができる」と語った。
◆特別講演(2)
「人間とバーチャルの接点-ロボット研究から見えてきた共生・共創・共感の未来」
~アバターが変える近未来社会~
大阪大学大学院基礎工学研究科教授
石黒 浩氏
人に酷似したロボット、アンドロイド研究・開発の第一人者で、大阪大学栄誉教授の石黒浩氏は、アバター(ユーザーの分身)となる遠隔操作ロボットがコロナ後の近未来社会を変える可能性を語った。
石黒氏は、自身そっくりのアンドロイド「ジェミノイド」をアバターとして遠隔操作し、海外などで講演活動をしている。内閣府のムーンショット型研究開発制度でも「2050年までに人が身体、脳、空間、時間から解放された社会」の実現をテーマとするプロジェクトのマネージャーを担当。AI(人工知能)などで身体・認知・知覚能力を強化したアバターを使い、高齢者や障害者も含め、すべての人が、移動時間を最小限にして、自由に社会活動に参加できる「アバター共生社会」を目指している。
遠隔での活動は、現行のテレビ会議システムだけでは難しい面もあるが、アバターを使えば、やりとりできる情報量が増し、本人が出張することなく会議や仕事ができる。新型コロナのような感染症に対しても、医師のアバターが訪問診療すれば、より安心して受診できるはずだ。さらに、複数のアバターを使い分けることで「一つの身体で活動する実世界はが仮想世界化し、多様な人間関係を作れるようになる」と予想する。
2025年大阪・関西万博で、いのちを巡る8つのテーマ事業の一つ「いのちを拡げる」のプロデューサーも務める石黒氏は「人は人工臓器等の機械を体に取り入れ,一方でロボットも人間らしくなってきている.人と機械が近づき、融合する『いのちの未来』を示したい。世界中からアバターで参加してもらえれば」と述べた。
◆スペシャル対談
「作家として、ミュージシャンとして、ファンと共に歩んできた」
作家・ミュージシャン 藤崎彩織さん
(聞き手:水鈴社 篠原一朗氏)
最後は、日本の音楽シーンを代表する4人組バンド「SEKAI NO OWARI」でSaoriとしてピアノを担当する一方、2017年に直木賞候補となった初小説「ふたご」や、エッセイ「読書間奏文」などを執筆、作家としても活躍する藤崎彩織さんに「伝える」ということについて語ってもらった。
SEKAI NO OWARIは、圧倒的なポップセンスやキャッチーな存在感、空間をテーマパークのようにプロデュースするライブ演出で、2010年ごろから老若男女を問わず急速に認知度を拡大して「セカオワ現象」と呼ばれた。
「ファンとの接点」のライブ演出は、メンバーの話し合いで「家族で楽しめるディズニーランドのように、楽曲を知らなくても楽しめるショー」を目指した。大がかりなステージセットで世界観を表現するライブには、親子3世代で訪れるファンも現れ、ファミリー席を設けるまでになった。
会場には、観客を感動させるための小さな仕掛けをちりばめる。たとえば、脱走をストーリーに織り込んだライブでは、帰りの出口で観客が着けたリストバンドから脱走を警告するアラームが鳴る。それが実はモールス信号で次回アルバムの発売予定日を知らせる、というもの。「ほんのわずかでも、気付いた人には『秘密を見つけた』と思ってもらえる」と語る。
ライブの経験は小説にも活きている。「お客さんの顔を思い浮かべながら、この表現で伝わるかなと冷静に考えられるのは強み」だ。他のメンバーと楽曲作りもする藤崎さんは「音楽では『最後の転調がかっこいいね』みたいな細かい感想はあまりないが、文章は、どこにどう感動したのか、丁寧な感想をもらえるのがうれしい」と小説を書くことならではの魅力に触れた。
2021年4月26日 文藝春秋にて開催 撮影/杉山秀樹、深野未希、今井知佑
source : 文藝春秋 メディア事業局