希代の漫画家が語る名作誕生の秘話
現在、作家として活動している私を構成した「原材料」となったものはなんだったか、と時折思うことがある。多感な少女だった頃から大人の入り口に立った20代前半まで、私がもっとも深く影響を与えられた純文学——『風と木の詩(うた)』である。
実はこの作品、マンガなのだが、それでもやはり、マンガという形式を借りた純文学であると言い張りたい。19世紀フランスの男子校を舞台に、ふたりの美少年の愛と葛藤を描いた物語で、1976年から84年まで「週刊少女コミック」で連載された。私は14歳から22歳までの8年間、好奇心のかたまりであり、なんの根拠もなく「自分はほかの人とは違う」と密かに信じる元祖「中二病」だった。その私の空想の翼を、この作品がどれほど伸びのびと広げてくれたことか。自慢じゃないが、ほぼ全編のプロットとコマ割りとセリフまでいまでも誦んじられるほど、この作品は我が血肉となっている。
BL(ボーイズラブ)という言葉がもはや一般的になってしまった現在では想像しにくいことだが、いまから40年まえ、昭和まっただ中の日本で、少年愛を描くマンガの登場がどれほど衝撃的だったか筆舌に尽くしがたい。しかも、少年同士の性交ばかりでなく、背徳、近親相姦、不倫、暴行、DV、売春、麻薬中毒などなど、親御さんが見たら卒倒しそうな内容が全編に散りばめられている。当時、マンガといえば少年少女が読むもの。行き過ぎた表現はあってはならぬ。それでもこの作品には一切妥協がないことを、読者の少女たちはわかっていた。だからこそ8年にもわたる連載がかなったのだ。
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source : 文藝春秋 2021年7月号